その1つに手を付けた。自分の関わった舞台のチラシ、プログラムや観て感動した物のプログラムがギッシリ入っている物だ。こんなに「片づけ、片づけ…」と言っていながら、なかなか手がつけられないでいた。懐かしさのあまり読み込んでしまって、片づけにならないのではないかという懸念があったからだ。開けることになったきっかけは、先日永六輔さんが亡くなった折に昔関わったコンサートのチラシを捜す為だった。開けてしまった以上、この機会に片づけるしかない。
出てくる、出てくる…懐かしい舞台やコンサートのプログラムやチラシ。だが、自分でも驚くくらい、ノスタルジーに浸ることは無かった。「いつか、参考の為に開くかも」と思っていた「いつか」は今まで無かった。それはこれからも無いということだ。どうしても、という時には図書館や演劇博物館がある。
そして、大事なこと、感動したことはプログラムを開くまでもなく私の血肉となっており、いつでも鮮やかに思い出せるということにも気がついた。現に、生涯で一番と言えるくらい感動したピーター・ブルックの「夏の夜の物語」はチラシもプログラムも残っていないが、何十年前の舞台でありながら、昨日のことのように色鮮やかに思い出すことが出来る。よすがのモノは要らないのだ。
結局、私は自分の価値をプログラムやチラシの量で確認したかったのかもしれない。私は今までこんなに沢山の仕事をし、あらゆる方面に幅広く活動して、多くの人と知り合った。私はこんなにも舞台や映画を観る好奇心旺盛な人間なのだ、と。それを誰かに披露する訳ではないけれど、自己満足のよすがにしていたような気がする。
きれいさっぱり捨ててみると、自分の血肉になったものだけが純粋に残ったような気がする。何てちっぽけな量なのだろうと思わされるばかりだが…