2015年10月3日

80 晴れ女に雨男

私は俗に言う「晴れ女」だ。今まで大事なイベント事で雨に困らされたことはあまり無い。何十年の中で思い出せる悪天候は、大雪2回に、台風1回くらいであろうか。雨で困ることは、まずは出かけて頂くのに足元が悪いこと、傘置き場の無い小劇場などで傘袋を渡す手間やお客様に煩わしい思いをさせることがある。殊に大変なのは野外の催しである。順延もまた後の事を考えると大変だが、中止になるのはお客様に気の毒で主催側の後処理も大変だ。急遽、屋内の代替会場に変更ということもあるが、準備もあるのでいつの段階で判断するかも難しい。そういう意味では、今まで悪天候に困らされなかった私はとてもラッキーだった。
その私に強敵が現れた。その方は観世流シテ方梅若玄祥師、人間国宝である先生に「敵」などと申し上げては失礼千万だが、先月お会いした際に「僕は雨男で、今年はもう3回薪能が中止になっているの。最後くらいは晴らせたいね。」と、仰天することをおっしゃる。2週間くらい前から天気予報に注目していたが、前後は晴れなのに、公演日は雨の予報。薪能に関しては全勝だった私もとうとう初黒星かと、もう泣きそうだ。
公演前日の仕込み日から雨が降り始め、会場のある土浦の城跡に私が到着した時にはかなり激しい降りだった。通常は前日の夕方には舞台の組み立てがおおよそは出来ているのだが、この日は土台の鉄骨が組まれているだけで、鉄骨に雨が激しく降り注ぐ光景は悲しすぎる。市の担当者たちと話し合い、明日は曇りで降水確率0パーセントという天気予報を信じ、野外で決行しようという結論を一旦は出して解散。翌朝8時に集まり、いよいよ決行という段階から猛スピードで準備が始まる。前日の仕込みが遅れていた分もあり、スタッフにはかなりの負担だ。それに100パーセント雨が降らないという確約は無い。曇りの空を見上げるばかりだ。そこへ朗報(?)。照明の斉藤さんは、台風もそれて行ってしまうほどの強力な「晴れ男」だそうで、晴れ女に晴れ男の二人が居れば、いかな強敵(玄祥先生、すみません)であろうと、大丈夫だろうということになった。それでも何度も空を見上げる。夕方近くなると青空ものぞき、いよいよ問題はなさそうだ。到着した玄祥先生も「今日は大丈夫そうだね」と笑顔。
篝火に火が入り、いよいよ公演が始まると舞台の上の中空に十三夜の美しい月。うっすらと雲がかかり薄月夜に秋の虫の声。こういうシチュエーションがまさに薪能の醍醐味なのだ。
能「田村」も後半にさしかかり、もう少しだ、良かった、良かったと胸をなでおろしていたところに、あろうことか、雨がパラパラ。空には月が出ているというのに! ザーッとくれば即刻中止だがここが判断の難しいところ。お客様も動かない。そうこうする内に雨は止んでくれたから無事に公演は終わったが、本当にやれやれである。玄祥先生も安堵の様子を見せながら「やっぱり僕らしいとこがちょっと出ちゃったね」と。
これだけの舞台を作る人たちとは思えないほど非科学的な笑い話だ。