石橋幸の凄いところは、スターリンの圧政によって閉じ込められていたロシア人さえも知らない唄を、自分の足で拾い集めたことである。ジプシーや囚人、貧しい人々が秘かにしぶとく歌い継いできた唄には情感と力強さがある。底辺に生きる人たちの生活や心の暗闇からたちのぼってくるいくつもの物語の中には暗くても情感豊かな世界がある。
また石橋は、唄はそれが生まれた言葉で歌われるべきだという主義の元に徹底してロシア語で唄うスタイルを通している。それが壁になっていることもあり日本では認める人も少ないが、ロシアでは石橋はその功績を認められ、シャンソンゴーダ特別賞を受賞してクレムリン宮殿で歌った唯一の日本人でもある。だが勿論、日本にも熱心な支持者がいて石橋の唄に感動し、涙を流す。作家の中上健次も石橋の唄と声を認めた一人である。
日本に居ながらも世界各地から様々な音楽が入って来る現代の情報社会であるが、ポピュラーなヒット曲だけが注目されるのが現実でもある。日本では聞くことが少ないジプシーや囚人の歌には言葉を超えた力強さがあり、国や民族が違っても人々の営みには変わりがないことを伝えてくれる。それが日本人の感性にも合うということを石橋の唄を聞いて感じて欲しいものだと思っている。

