2013年12月28日

1 ブログノススメ

「人生は旅だ」とは、言い古された比喩だが、還暦を過ぎて私の旅もそろそろ終わりに近づいていることだけは確かだ。
ここいらで来し方行く末を思い整理するのは、決して早過ぎはしないだろう。
そこで思い立ち、ブログを始めることにした。このアナログ人間が始めるからには勿論訳がある。

年頃故に友人達が病気になったり、一人暮らしになったりすることが増えてきた。私自身も含めて、何が起きようとそれは仕方無いとしても、なるべく他人様に迷惑はかけたくは無いものだ。
そのことを心配した身寄りの居ない一人暮らしのある友人に相談されて、私は週一回のファクス連絡を提案した。ファクスが届かなかった万が一の時だけ連絡するが、それ以上の付き合いは期待しないでくれとも。だが、段々文章は長くなり返事を要求されるようになってきて、少し煩わしさを感じ始めている。好意からとは言えこちらから提案しておいて、自分ながらまことに勝手なものだと思う。
私は今も毎日仕事で忙しくしており、人疲れをして人間関係の檻から解放されたいと思うことがあり、人と話したく無いことも多い。しかし、その友人のように退職して一人暮らしをしていたら、時には誰かと語り合いたいと思うかもしれないのである。

他人に煩わしさを感じさせず、返事を強要させないで自分の様子を知らせる良い方法はないか。

向田邦子の妹が疎開に行く時、作文が不得意で寂しがり屋の妹に父親が自宅の住所を書いて裏に◯✕を書いただけのハガキを沢山持たせ、元気な時は◯、そうではない時は✕の物を出しなさいという素敵なエピソードがあった。真似をして件の友人にハガキをプレゼントしようかとも思ったが、家を出なくても電話、ファクスと通信手段がある中で、投函の為にわざわざ外に出たくない時もあるだろうと断念した。
一世代若い友人の一人は、「ポットをプレゼントしますよ」と冗談半分(?)に言う。お湯を使うとメールが届き、健在であることが判る仕組みらしい。会話も無く、さっぱりしたものである。
昨春大病を患って手術した友人がブログをやっており、かなりの頻度で更新しているのだが、やはり具合が悪い時は更新も遅れる。心配になり連絡をしようとすると元気な様子が更新され安心する。具合が悪い人に様子を聞くのは気が引ける。本人も煩わしいだろう。そう意味ではブログは便利だ。
電話の煩わしさは最たるものだが、ファクス、手紙、メールもどこか返事を期待され、面倒くさい。
その点、ブログは気楽だ。気になる人の様子を勝手に見に行けば良いのである。

最近「学問のすゝめ」を改めて読む機会があった。福沢諭吉は学ぶことをひたすら勧めたうえで、とにかく人間と付きあえと述べている。多種多様な人脈を広げるべしと。確かに人から学ぶことは多いし、人間関係を絶って
人生はありえない。だが、人付き合いによって病気にもなるし、人生の問題の多くは人と人との関係性から生じている。
人付き合いの煩わしさから逃れつつ、人と繋がっていられるブログを私は勧めたい。中高年には特に勧めたい。
歳をとると口うるさくなって家族や若者に煙たがられがちである。ブログに書くことによって発散し、考えたことも整理出来る。押し付ける訳でも無く返事も強要しない上に、時に共感した人から連絡も来るのだから、まったく孤独でも無いのだ。