能2本「烏帽子折」「道成寺」、歌舞伎「忠臣蔵」、演劇「天使も噓をつく」「零れる果実」の5本を今週は観た。それぞれに素晴らしく、そういう意味でも密度の濃い1週間だった。
だが、マナーが悪いというか、変わった人達をこれほど見かけたことがない1週間でもあった。
「烏帽子折」は子方の集大成とも言われる能だが主役の義経を演じる長山凛三君がその名の通り、凛々しく美しい。国立能楽堂の脇正面2列目で職場のスタッフと2人で鑑賞する。普段はあまりこんなに前方では観ないが、席はその時の運と出会いなので近くから観ることを楽しむことにした。ところが、私達の丁度前の席の老年夫婦のご主人らしき人がキョロキョロと客席を見回し、頭を動かすので視界に入って落ち着かない。奥さんらしき女性は着物のせいにしろかなり前のめりで、しかも時々こっくりこっくりとうたた寝して頭を動かす。こういう人は何も一番前で観なくても良いのになあと思うが、休憩の時に「あれは病気に違いない」(チックとか、前を向いていられない症状)とスタッフと結論に達して、そう考えると気の毒でもあり、気分を変えて舞台に集中した。凛三君の10歳というこの年齢の美しさは今しか観られないのだ。
「道成寺」のシテは観世喜正師。芸は元より人柄も含めてこれからの能楽界を背負って立つ方だと私は信じている。社会性もあり、従来の能ファンだけではない一般のお客様も呼ぶことが出来る方なので、この日も国立能楽堂は満員御礼であった。能楽堂ではちょっと前までは謡本を見ながら観劇をしている人をよく見かけたものだが、最近はそういう人は少なくなり、まして喜正師の公演では見かけなかったものだが、何と隣と前に居た! 隣の男性はずっと謡本に目を落としている。舞台を観て!と心の中で叫ぶ。何てもったいないことだろう。前の席の中学生くらいの女の子は席にズルッともたれて謡本を顔の前に掲げている。時々振り向き、後ろの席で私の隣席の祖母らしき女性に内容を聞いている。演能中である! おまけに、ささやき声の発声が出来ないので、丸聞こえで邪魔で仕方ない。その祖母たるや一度もきちんと座りもせず、その孫娘らしき子の席の背もたれに肘を乗せてちょっかいを出している。その女の子の隣の席の二人は時々祖母の方を振り返りながら抗議の視線を送っていたが、老女は知らんぷりであった。こんな調子では堪らないので、見所の乱拍子が始まる前に注意しようと思っていたら、さすがに芸の力は凄い。迫力ある乱拍子に客席が水を打ったようにシーンとなっている時は件の二人も舞台に集中していた。そのうち謡本に目を落とそうとした孫娘に「そろそろ鐘入りだよ、しっかり観なさい」とオババがのたまう。教えているつもりか?!やれやれ…
女の子はきっと祖母の勧めで謡の稽古を始めたのだろう。それ自体は結構なことではあるが、その前に教えることがあるのではありませんか!と言いたくなるような一件であった。
「忠臣蔵」を観に行った国立劇場でもやれやれだった。まず隣席の女性がずっとプログラムを読んでいて舞台を観ない。菊五郎が勘平の名科白をはく名場面も、菊之助のお軽の美しい所作事もほとんど観ない。他人の事ながら何しに来たんだ!?と残念だ。今回は「とちり席」の花道寄りが取れていて、特等席なので料金だってお高いのだ。もったいないことだ。
その女性の前の席の人も笑える。ささやき声が出来なくて、隣の友人らしき人に大声で喋りかける。松緑に大向うから「紀尾井町!」声がかかると「今でも紀尾井町に住んでいるのかね?」とか、そんな調子である。ただ、この女性はお昼休みの後は、ほとんど眠っていたので、後は静かだった。その隣の女性がまた凄い。静かな場面で皆が集中しているところに何かを捜し始めたのか、レジ袋の音をガサゴソし始めた。これが結構響くのだ。周りの人は皆イラっとしたはずで、振り向く人もいる。すぐ止めるだろうと我慢していたが、ガサガサガサガサ、ゴソゴソゴソゴソ、…と永遠に続くかと思うほどだ。さすがに、彼女の前の席の人が「ウルサイですよ!」と注意してくれた。
能や歌舞伎はオバサンが多いので、こういった事もままあるが、社会派を標榜し演劇好きの人が集まる劇団燐光群の公演にはまさかそんな人はいないだろうと出かけた「天使も嘘をつく」だったが、来ました!隣に。歳は20代中頃か、長い黒髪の背の高い女性だ。この女性が開演前から落ち着かない。足を何度も組み換え、その度に床に足をドンと下す。会場の座高円寺の客席は可動式なので動きによっては結構揺れる。暗いし照明機具も沢山ぶら下がっており、劇場は地震に出会いたくない場所の一つである。だから、貧乏ゆすりをする人が隣に座ったりすると最悪だ。隣の彼女がドンドンと足を下す度に席が揺れてやな感じだ。開演してからも同じようにする。おまけに長い髪を手ぐしで何度もすくい頭を前後左右に揺らす。とにかく落ち着かない。さらに膝の上にノートを置き、時々何やら書いている。書くより観ろよ!あまり身体を動かすので後ろの人も邪魔だったらしく、時々小さな咳払いして注意していたが、聞く耳を持たない彼女だった。これも多動性の病気に違いないと思って途中から諦めたが、心落ち着かせて観劇出来ないのは残念である。
まあ、世の中には色々な人がいるので、こういった場合は早々に諦めて、舞台に没入するに限る。
今週観た物は、集中に価する物ばかりだったので、それは幸福なことであった。