2015年11月17日

85 美しい老人 / ドナルド・キーン

旧知の演出家、芥正彦が特別講演をするというので、久しぶりに駒場東大に出かけた。私は駒場に20年程住んだので、よく東大構内を散歩したり購買に本を買いに行ったりしていた。さすがに日本の最高学府ともあり、専門書の品揃えも豊富だった。校庭は一通り歩くと30分はかかるくらい広大だ。本郷の三四郎池にちなんで駒場には一二郎池という池まである。
新しい建物もいくつか増え、以前の購買の建物は建て直されてピカピカだ。だが、中には近代建築そのものの古い建物も残されていて、ノスタルジックでなかなか良い雰囲気である。イチョウ並木も色づき始めている。もう少し経つとイチョウの葉が黄金に美しく散りしきることだろう。

さて、今回の講演は、三島由紀夫シンポジウムと銘打って、三島の生誕90年、没後45年の記念すべき年に三島文学を検証しようという訳である。芥は46年前、三島の自決の前年に東大全共闘の一人として三島と討論した。その映像が残っており、それを上映しつつ当時を振り返り、その後の日本の変遷を顧みたのである。シンポジウムの会場は、当時と同じ建物で三島と東大生が討論した講堂(900番教室)だ。この檀上に居たのだなあという感慨と共に、三島がもしこの現代に生きていたらと想像せずにはいられなかった。だが、あの自決が無かったとしても三島は長生きはしなかったであろう。三島は老醜を心から嫌悪していたという証言が、当日のパネリストの何人もから聞かされたのである。確かに三島の身体の鍛え方は尋常ではなかった。
今回のシンポジウムに出かけた理由の一つに、ドナルド・キーンの話が聞けるということも大いにあったのだが、お姿を拝見して本当に良かった。キーンさんは日本人以上に日本を愛し、日本に詳しい。日本文学の魅力を世界に伝えた人でもある。御年93才というのに、杖もつかず檀上に登るのに不自由はしない。とにかく驚かされたのはその美しさだ。何と言ったら良いのだろう、大変失礼だが、檀上のお姿を見て「何てきれいな、おジイちゃんだろう!」と思った。テレビや雑誌などの写真からは想像出来なかった。三島の嫌った老醜とは程遠いお姿だ。その美しさは内面からあふれ出たものに違いないだろうけれど、凛として透明感がある。
中村真一郎が美しく老いた女性を「威厳があって銀狐のよう」と称賛したが、それを思い出した。そんな風に年を取れる人はそうはいないであろう。