2019年5月25日

213 パーキンソン病奮闘記 -4  / サプリメント

ほぼ30年間、病院と薬には縁が無かったので、自然療法とサプリメントには詳しいと自負していた。色々と試してもいる。今回とうとう薬を飲む羽目になったが、今まで通り状況に応じてサプリメントも摂取している。食品と同じような物だから薬に影響することは無いと思う。ただ、サプリメントに関して今年から診てもらっている整体師に言われた事があり、これも考え直さなければいけないことかもしれない。「サプリのような栄養のある物をどんなに摂っても、身体が受け入れる状態でないと無駄」「サプリはただの栄養だから摂っても摂らなくても同じ」と言われたのだった。確かに一理ある。試しにしばらく一切のサプリメントも摂らずに受けた血液検査の結果は健康そのものの完璧なデータだった。栄養は、やはり食べ物で摂るのが一番なのだろう。
とは言え、風邪をひいた時に町の薬局で市販の風邪薬を買う気にはなれない。今まで通りにプロポリスかマヌカハニーを舐めて、熱があったら額に濡れタオルで充分。疲れた時にはクエン酸を溶かした水を飲んで寝ると目覚めはスッキリ。お腹の調子が悪い時は、一包でバケツ100杯分のヨーグルトと同じ乳酸菌が摂れるプロテサン。このクエン酸と乳酸菌は故郷の妹達や家族の常備品でもあり、効果も実感している物だ。免疫力を高めるには腸の環境を整えることが大切ということで、癌治療にこの乳酸菌を大量摂取する方法(実際の効果も目の当たりにしている)も取られているが、私達家族にとっては日常の中の補助食品だ。
疲れが溜まると、私のウイークポイントの腎臓は少し腫れて痛みが出てくる。そんな時は松葉の香りのアロマオイルかひまし油を塗って、さっさとやすむことにしている。良い水も沢山飲むことも大切。
そんな感じのサプリメントとの付き合いだが、この半年間程、毎日一包か二包飲んでいるサプリメントがある。ヨガ教室で知り合った、中学校の保健の先生をしている人に紹介されたペプチドという大豆(有機)から作られた物だ。パーキンソン病には大豆製品が良いらしく、何よりもそのペプチド仲間の女性達の変わりよう(病気克服、アレルギー消滅、若返り、etc.)を目の当たりにして、私もあやかりたく毎日せっせと飲んでいるのだ。仲間内では「20年若返りのサプリ」と呼んでいる。上記の整体師の言葉を信じるならば、こんなに毎日飲まなくとも良いのかもしれないが、病気発症前程度には若返りたいものだと思っているのだ。
厳選の結果
これを毎日摂る訳ではない



2019年5月14日

212 パーキンソン病奮闘記 -3 / 自然療法あれこれ 

久しぶりに病院へ行き、薬を飲んで症状が落ち着き始めたが、症状を進ませない為と出来れば病気を完治させる為に、並行して自然療法も続けていきたいと思う。
以前も書いたが、腎盂炎による入院の経験から西洋医学の矛盾と薬の怖さを身をもって知り、抗生物質で弱った身体を回復させるために、東洋医学、自然療法のありとあらゆるものを試した。全てが自己治癒力を高めて自分の力で病気を治すというもので、方法が違うだけで理念はどれもそれぞれに素晴らしいものだった。そして、私がたどり着いたのは仙骨療法で、理念もやり方も気に入り約30年近く続いている。ずっと病院、薬知らずで来たのだが今回の不調である。久しぶりに他の療法も試してみようかという気持ちが動いた。

周りも私の不調ぶりに色々とアドバイスをしてくれ、いくつかのクリニックも紹介してくれた。この機会に信頼できる人の紹介の所に行ってみようと思い、試してみた。六ヶ所あったが、一回で行くのを止めた所が二ヶ所ある。整体を原点にしたAクリニックでは脚を曲げたり引っ張たりグルグル回したりして、その筋肉の動きがヨガをやった時の筋肉の動きと同じだったので、ヨガをやれば済むことだと思い二度と行ってない。若い男性の施術者との相性も良くなかった。料金も内容の割には高い。こういった施術は西洋医学よりは高いものだが、適正価格というものがあるはずだ。もう一ヶ所の東洋医学のTクリニックは何の検査もなく血圧さえも計らず、問診も僅かで納得のいく説明もなく、更年期向きの漢方薬を出してくれただけだった。しかも大手薬品会社の顆粒状の物だった。以前に試した漢方薬は個人の症状に合わせた煎じるタイプの本格的な物だったので、今回の漢方薬もどきには拍子抜けしてそのクリニックへ行くのを止めた。その薬は即刻捨てた。
昨年の春から通い始めたMTSは月1で続いている。実は、今日も行ってきたところだ。初診の際に、脳からの神経伝達さえ治せばいくらでも歩けるとのことだったので、脳の病気であるパーキンソン病だと判明してからは尚更に期待しているところだ。柔和な笑顔のU先生は「薬を飲みながらやって行きましょう」と、西洋医学も決して否定しない。先生の柔軟な姿勢とお人柄で、安心しながら通えるクリニックだ。
他に整体の二ヶ所にも数回ずつ行ったが、小休止している。施術者は二人共女性で人柄も良く、身体を触られるのに安心感があるが、何しろ施術が痛い。痛いくらいじゃないと物足りないと言う友人もいるが、私は痛いのは苦手だ。O先生の所には昨年亡くなりその人生哲学が再認識されている女優のKKが通っていたそうだし、もう一つのT先生の所にはインテリ落語家のKが通っており、こだわりがある人も納得する理念があるので、また行きたいとは思っているのだが…
今はヨガの集中プログラムを受けていることだし、これを身につけ日常に活かすことに目標を置き、一つ一つ納得できるまで経験して自分に合った物を見つけたいと思う。
ひとまずは、週2回のヨガと月1回ずつ、仙骨療法のMRT(Magnetic Reading Technique)と脳神経伝達療法のMTS(Muscle Testing Socius)の治療を続けてみようと思う。




2019年5月4日

211 パーキンソン病奮闘記 -2 / ヨガ療法 

抵抗していた薬を飲み始めて一ヶ月余り。僅かな頭痛と眠気の副作用の割には歩き方、姿勢が良くなったので、許容の範囲だ。震えはまだある。他が良くなったせいか以前より気になるが、酷くなったというわけではないように思う。食後の強い倦怠感にも時々襲われる。難病と呼ばれる病気がそんなに直ぐに治るはずもないし、治らないから難病なんだけど…
せめて絶対にこれ以上症状を進ませてはならない。並行して、この1、2年で試した自然療法の内で良かった物を続けたいと思う。
何よりもまずヨガである。週1回通っている教室の下舘あい先生が、折しもメディカルヨガの学会で、パーキンソン病の為のメソッドが発表されたのを受けて、私の為にプログラムを作って下さった。週2回8週間の集中プログラムで、私の症状に合わせて細かに調整してくれた。最終的には日常に活かせる物だ。この4月5月の2ヶ月間は週2回の個人レッスンで、みっちり鍛えられている。
あい先生が始めに私に聞いたのは「日常生活のどんな時に不自由を感じるか?」だった。震えと身体の強張りが特徴の病気であるから、他人から見たら笑えるようなことも多々ある。もうコートを着る季節ではないが、コートの脱ぎ着には難儀した。袖に通した腕が途中で固まって、強風の日の傘のオチョコのような状態で身動きがとれない。結局は手助けがないと駄目で、このシーズンは最初から人に頼んで助けてもらった。そんな話をしたら「秋には一人でスッとコートを着られるようにしましょうね!」と、あい先生。楽しみな目標が出来た。
快感ホルモンのドーパミンの不足が原因でもある病気だから、楽しみを増やしてドーパミンの分泌量を増やすのも一考なのだ。






2019年4月24日

210  パーキンソン病奮闘記-1 / 30年ぶりの薬

とうとう薬を飲むこととなった。30年ぶりである。厳密には、一切の薬を止めてからの25年ぶりになる。
今までは薬無しでも何の問題も無かったのだが、身体がおかしくなり、この1、2年でやったいくつかの治療のこれといった効果も無く、身体が辛くなるばかりなので、一時的にでも楽になりたかったのだ。主治医も信頼でき、まずは従ってみようという気にさせられたのだった。何といっても、テキは難病、かつてない対戦相手なのだし…
とは言え、長い間薬無しの生活だったので、飲み始めるのに2日程逡巡した。整体師やカウンセラーにも相談してみるが、一旦は飲んでみたら良い、とのアドバイスだった。身体が健康だった頃の状態を細胞が思い出すのは重要だとのこと。そうだ、身体をまっすぐに伸ばし、大股でがしがし歩くあの感覚を思い出すのだ!

恐る恐る飲みだしたが、心配した副作用はあまり無いような気がする。飲み始めてから数日は、頭痛、激しい腹痛、嘔吐、起き上がれなかったりしたが、その嵐が過ぎたら、姿勢が良くなったり、すり足が無くなったり、むしろ良い効果の方が目につくようになった。取りあえず今は、少ないデメリットよりメリットを選ぶしかない。どうせ飲み始めたのだ。九仞の功を一簣に欠いてはならないのだ。と、いつも詰めの甘い自分に発破をかける。
今日の診察の血液検査の結果も良好。副作用の影響も出ていないとのこと。この一番弱い薬を1日1錠、もうしばらく続けるようにとのことだった。
それにしても、一番弱い薬の1日1錠のこの効果だ。クスリはやっぱりコワイなあ、とも思う。




2019年4月14日

209 難病騒ぎの顛末 / 検査の結果

難病だった…
色々と疑われたが、検査の結果は紛れもないパーキンソン病だった。やっぱりか…素人考えでも自分で最初に疑った病気だったのだ。
思えば昨年くらいから、傍目にも異常が分かる私の姿を見た家族や友人、周りの者から「せめて検査を」の声が高まった。親友のSは「あなたの主義で化学的な治療をしないで薬も飲まないのも良いけれど、検査だけはして現状を知っておいた方がいいんじゃないの?」と心から心配して言ってくれた。この頃からさすがに検査に心が動いた。でも、どこの何科に行けばいいんだ?病院は行き慣れていない。
とそこへ、私の尊敬する能楽師M師の奥様S夫人が、見るに見かねてM師の主治医を紹介してくれたのだった。S夫人もなるべく薬には頼らない主義なので、私の気持ちをよく分かってくれている。治療をどうするか自分の考えでやれば良いけれど、まずは自分の身体の現状を知るのは大切で、その為には信頼できる医者をということで、S先生に話をつけてくれたのだ。運が良いことに病院は近所にある東海大学付属病院だ。S先生は神経内科のベテラン、専門医として長年の経験を積んでいる。白衣の胸元から見えるワイシャツもネクタイもいつも素敵でおしゃれな紳士だ。お茶目なところもある魅力的な人で、人の心を大切しており思いやりのある診察をしてくれる。
初期検査から難しい病気が疑われ、結局は最新機器で徹底的な検査をしようということになり、先生が院長を務めあげ、今でも時々現場に出られる立川病院に二日間出かけることとなった。
立川病院は建物も新しく立派な病院だ。
検査は完全予約性のせいか、検査室の近辺には人がおらず、閑散として、不気味な(と、私は思う)機械音が低く響いているだけだ。コワイ…
噂のMRI(経験はなくともそのくらいは知っているのだ)の筒(!)に入る前にうるさいからと耳栓をさせられる。それは想像以上の騒音だったが、電子音だから、今時のノイズミュージックのようでもある。そう思って我慢をしようとノイズに曝される。ギュイイーン、ガガガガガ、ジジジ、ビビーン、何ともウルサイ。その内、トントントントン、カンカンカンとパーカッション音。あっ、噂の輪切りが始まったなと思う(このくらいも知っているのだ)これが後に断面図となって示されるのだな。
MRIの他に、CT、ダットスキャン、アイソトープetc.…放射能系の物にも身をさらす。
日本人は検査のし過ぎで被曝して却って被癌率も高いという話も聞くが、私は10年以上も検査をしていないし、そんな調子でこれを人生最後の検査としたいものだと、放射能入りだという注射を刺されながらも思う。心臓は苦しくないか、頭は痛くないか、気持ち悪くはないかと色々聞かれて、そのくらい危ないのか?と却ってコワくなる。もう後戻りは出来ないけれど…医療事故防止とは言え検査の前のチェック項目も多く、驚く。
薬はもう30年来飲んでいないが、この際、まっさらな状態で身体の現状を知りたくもあり、検査の前の半月程は一切のサプリメントも止めて検査に臨んだのだったが、結果は難病という嬉しくないものだった。だが、不幸中の幸いというべきか、血液検査のデータだけ見ると見事な健康体なのである。2件程数値が少し高いだけで、後はしっかり基準値内におさまっている。ある意味、これまでの健康志向は間違っていなかったとも言えるのだ。他の病気は一切心配ないと医師も言う。難病持ちの健康体という変な身体だなあと思う。
脳内の黒質からのドーパミンの放出が少なくなり、たった2㎝程の線条体の異常で身体全体の動きに影響が出るという、脳の働きと身体の不思議。
難病とは、原因が分からず治療方法が見つかっていない物を言うそうである。一生の付き合いになり、治すのではなく進行を止め現状を維持するのがせめてもの治療だという。
そうかなあ、と天邪鬼な私は思う。今まで信じてやってきた事、自然治癒力や免疫力を高める方法が血液検査の良好な結果に出たのだとするのであれば、難病にだって効果があるような気がするのだ。とはいえ、そうやって身体に気をつけていたのに厄介な病気にかかってしまったのも事実。まずは一番弱い物で1日1錠ということなので、取りあえずは薬を飲み始めたが、自然療法もしっかりとやっていこうと思っている闘志満々の私である。











2019年4月4日

208 句会で初特選

ひなせ会吟行には参加出来ずに句会から途中参加した。仲間達は新宿御苑の桜を満喫したようだが、私は遅れて神楽坂まで街中の一人吟行である。
頭をよぎるのは病気のことばかり。いくつか詠んだ句の一つが特選をもらえた。
 
病ひ得て 春の息吹に 身をまかす

どんなに嘆いたところで現状を変えることは出来ない。このちっぽけな身体も自然の一部。せめて春の生命のエネルギーに身をゆだねてみようと思う。

2019年3月23日

207 佐藤愛子はまだまだ元気だ! / 燐光群のアフタートークを聴いて

燐光群の芝居を観に行く。中山マリが、自分自身と母親中山あい子の二役をやる一人芝居だ。自由で飾り気のない性格は似ているけれど、外見は違うタイプの母娘だと思っていたが、実は見た目も似ていることを今回は実感した。顔形というより、声、話し方、笑い方、仕草といったようなものがそっくり。世間の親子でも、そういうことがある。似てないと思っていたのにやっぱり親子なんだなあと思わせる人達がいる。特に歳を取るとそういう傾向になり、驚かされることがあるものだ。
マリさんはあい子先生のお下がりを着て舞台に登場、見覚えのあるような格好だ。きっと、あい子先生のお気に入りだった洋服に違いない。二人は親子なのに戸籍上では姉妹になっている、というような聞き及んでいたエピソードの他にも家庭の複雑さが垣間見える挿話もあったが、舞台では明らかにはされない。しかし、作家や女優を生み出すような家庭の事情がここにもあったのだなあと納得させられたのだった。中山あい子がまるでそこにいるようで、とても懐かしい気持ちになった。

この日は舞台の後にサプライズがあった。中山あい子と同世代で仲が良かった佐藤愛子がアフタートークに登壇して、思い出を語ってくれたのだ。2年前くらいにこのブログにも書いたが、佐藤愛子は私の好きな作家の一人である。明るいブルーのスーツ姿でしゃきっとしたお姿。とにかくきれいで素敵だ。怒るのは体力が要るので最近は怒っていないと言うが、やや低音でさばさばした口調、媚びないで生きてきた人そのものの姿がそこにはある。中山あい子と二人で田辺聖子の家を訪ねた時、誰もが知るあのスヌーへの通過儀礼を「フンッ!こんなもの!」と言ったとか言わないとか、中山あい子らしくもあるし、爆笑エピソードであった。
とても元気がもらえた。御年95歳! もっともっと元気で長生きして下さい。