2014年8月8日

30 トランクへ入れる物-その4 / 靴

7月の整理アイテムは靴だった。
やはり何年も履いていない靴が沢山あった。この頃は楽な靴ばかりを履いているような気がする。おまけに最近は膝が不調ときているから尚更である。
でも、それでは駄目なんだ!と気合を入れる友人がいる。彼女は何十年も体型が変わらず(変わらないようにしている)細身のジーンズも穿きこなしている。何事も自分に気合いを入れる派で化粧水もパンパンと顔に叩きつける。甘やかしてしまっては衰えるという主義だ。若い頃と変わらない体型でハイヒールをカツカツッとさせて闊歩している。50才を過ぎても赤いハイヒールで舞台を走り回っていたティナターナー、カッコよかった! オノヨーコも70才を超えてもハイヒールが似合っている。かっこよさより楽を選んだ、自分甘やかし派の私はとてもそんな真似は出来ない。

冠婚葬祭兼用オールマイティの5センチヒールのプレーンパンプスを一足残したら、もうヒール物は要らない。ハイヒールにはこれでお別れ。とにかく履き心地最優先、脱ぎ履きも楽な物が良い。立ったまま履いたり脱いだり出来たら最高。そういう意味でも、この数年愛用しているのが、AKAISHIのクロッグだ。最初のきっかけはスタッフの一人から薦められたことだが、履いた途端にその履き心地の良さに驚いた。足にぴたっとすいつき履いていないように軽い。聞けばなるほど、人間工学的にも考慮されている物だそうだ。一時はこればかりを履いていたので周りの人からも注目され、私の影響であっという間にスタッフ、友人、家族(70代の叔母にも!)など周りにも拡散した。ある日居酒屋へ行った時、三和土に同じ靴が並んだのには笑った。だが靴とは不思議なもので、同じ靴でも自分の物は分かるものだ。ましてや履いたら一瞬で気がつく。酔っぱらって他人の靴を履いて帰ってしまったというような話を聞くこともあるが、酒で数々の失敗をしている私でさえ靴を間違えたことは無い。
ところで、このクロッグが良品を扱うことで定評がある「通販生活」でも取り扱われ出した。良い物が広がることは好ましいことだが、ついあの居酒屋の光景が浮かび苦笑してしまう。

バッグの時に決めたルール「ハレ、ケ、予備」の観点で選り分けてみたら、計12点になった。やはり最後はこれでも多いだろう。捨てられなかった物としては、残す物のパターンにあてはまっていてまだ新しい物だが、これは予備の予備として残しても、何か壊れたり古くなってしまった時に交換すればいずれ消耗するだろう。そのくらいはまだ生きる予定だ。






2014年7月30日

29 能楽座公演


私の仕事の内でその量と責任の比重が大きものに、能楽座の制作がある。
能楽座は各流各派の当代一流の能楽師によって流派の枠を越えて結成され、人間国宝が何人も所属する稀有な団体である。能という伝統芸術の真の継承と創造をめざし、日本の各地で、特に普段、能や狂言を鑑賞する機会の少ない地方で質の高い能と狂言を公演することに力を注いでいる。                                 
そういった地方での活動の他に、年一度の自主公演も行っている。それが、来月8月31日に国立能楽堂であるのだが、そのDM発送を行った。1200枚、アルバイト4人で丸一日かかる量だ。
この公演は一般の奏演形式に囚われないプログラムを組むので、どうしてもそのこだわりの為にチラシの完成が遅れる。待ちくたびれたお客様から問い合わせもあり、制作をする身にとっては毎年やきもきさせられるが、活動の目指すところを考えると急かしたりすることは出来ない。
「一流の演者に通の客」といった構造で、私が関わる少し前まではこのDM会員だけで能楽堂のキャパはすぐ埋まり、キャンセル待ちが出るような公演であったらしい。最近はそうもいかず広報にも力を入れなくてはいけないのだが、それにしても率の良いDMである。
先日はベネッセ問題など個人情報流出が問題になったが、個人情報としての質を考えるとこの名簿は大変な物なので、軽々しく扱えない物である。勿論、どんな名簿も慎重に扱われるべきだが。
いずれにしても、このように案内が届くのを心待ちされるような公演を制作したいものである。


2014年7月23日

2014年7月16日

27 片付けなんて、ほめられたものじゃない?!

ブログを始めることで、いわば「片付け宣言」をした私に対する友人たちの反応が面白い。皆大人だから露骨には言わないが、呆れていることだけは明らかだ。どうせ出来ないであろうという冷ややかさを感じる時もある。世の中は「断捨離」などとか、雑誌、テレビでは常に取り上げているほどだから、ある意味片付けブームだと思っていたので、私の周りの人達がこんなに片付けに対して拒否反応を示すのが不思議なくらいである。
色々と言われたが、極めつけは、友人Hの言葉である。「そんなことをしたら、あなたが死んでしまうんじゃないかと思って…」 死を予感した人間が、身辺整理をする話はよくあることではあるが、そこまで飛躍するか!という感じである。私は死にません! いつか死ぬ時まで、快適に楽しく生きるために身軽になるのです。さっぱりするために垢を落とすのです。

舞台女優、歌手であるIは、普段は着なくなった服が時代考証や役柄によって役立つことがあるから、衣服類は捨てられないと。靴もアクセサリーもしかり。翻訳家でもあるから本も山のようにある。彼女はある時、片付けはもうしない!と決心し、宣言をした。彼女も独身なので何かあった時に他人に迷惑をかけたくないという思いはあり、その課題に関しては「片付けにかかるお金を残す」という結論を出して、信頼する若者に託しクリアした。調査をしたうえで、200万もあれば良いんでしょうと。これでもう片付けのことなんて考えないんだと言うのを聞いて、それもありかなあと私もちょっと傾いた。しかし、私の「トランクひとつ」願望は、結構年季が入っているので、結局そちらの考えに行くことは無かった。

40代の友人Kさんは「片付けなんて無理、無理!全てお気に入りの物に囲まれているので、何一つ捨てられません!」と言う。これは私もそうだったので、よく分かる。40代ともなると経済的にも余裕が出来、目も肥えて、良い物も身の回りに増える年代だから、そう言うのも無理もないだろう。こだわって求めた物に囲まれた生活は幸福だ。まだ若い時は充分に楽しめば良いと思う。

「どう?トランクひとつに出来た?」と友人Sは問う。さすがにこの短い間には無理だ。それにガラクタとは言え、これらの物は何十年と生きてきた証しでもあるので、ポイポイと行かない時もあるのだ。私にとって片付けとは、嫌いな物を捨てることでは無く、好きな物を残すことなので、無理をせず楽しみながらやろうと思う。
そうこうしている内に開かずのダンボールを一つ見つけた。まったく着ないであろう洋服だったので早速処分する。気がついた時にすぐやること、先延ばしにしないことも大切だ。

2014年7月6日

26 読書会 / およすく会

今関わっている二つの読書会のもう一つの会は「およすく会」と言う。田中順子先生を講師として「源氏物語」を原文で味わおうという会である。会の名称は、桐壷の巻の【きよらにおよすけたまへれば】から。古語では「おゆ(老ゆ)=成長する」と「源氏物語」から知り、歳を重ねることは成長することなのだと、原文の古語に事寄せて名付けた。
読書会は今年の春に13年目に入り、毎月第一水曜日、文京シビック内の講義室で、田中先生の解説本をテキストに2時間半みっちり読み込んでいる。現代語には失われてしまった日本語の深い味わい、美しさを求めて、細部にこだわり、ゆっくりじっくり第10巻「賢木」の卷まで読み進んで来た。通常の読書会に比べたら遅い歩みであるが、豊かで奥深い「源氏物語」の世界を読み飛ばしてはもったいないという気持ちでやって来たのだ。全54帖、まだまだ先は長いが、せめて15巻「蓬生」までは行きたいものだと思っている。
参加者達の事情から、読書会の開催が夜から昼に変更になって以来、現役の身では平日の昼間に仕事を抜け出すのは容易では無く、発起人でありながら欠席がちで気が引けていたが、「賢木」もいよいよ終わりというので、先日は時間を作って参加した。
読めば読むほど、紫式部は天才だと思う。あれだけの長編なので登場人物は多いが、一人として同じ人物造形が無くキャラクターが見事に描き分けられているし、読者を次から次へと引き込んでいく小説としての構成も素晴らしい。また、多くの国の言葉に翻訳されたこの物語は、民族、国家を超えて世界中に知られており、紫式部は世界の偉人の一人と認められている。
しかし、こんなに有名な小説であるにも拘らず、これほど誤解されている小説もないだろう。私自身もそうだったが、プレイボーイの女遍歴の話なんて嫌いだ、と思っている人は多いと思う。それは、現代作家の翻訳の影響に他ならない。まるで性愛小説のような現代語訳が多いが、それはまったく原作を理解していない証拠である。現代語訳を読んで、「源氏物語」をこの様なものであると誤解した読者は、よほどのきっかけが無いと再び「源氏物語」を読もうとしないのではないだろうか。「源氏物語」で描かれているのは「心」であって、性描写など無いのだ。現代語訳では決して伝わらない「源氏物語」の魅力は、原文を読むことで初めて分かるのである。
今でこそこんなことを言う私だが、原文を読むまでは、その深く限りなく豊かな世界を知らなかった。こういう読み方を教えて下さった田中順子先生には、心から感謝するばかりである。
「源氏物語」を知ると知らないとでは、人生そのものの味わいが違っていたであろう。

2014年6月29日

25 トランクへ入れる物-その3 / バッグ類

今日は久しぶりの完全オフだった。この4月から週1休みとして月4日くらいは休もうとやってきたが、結果的には月2の完全オフに半休3、4日で、月4日は休んだことになる。上出来だ。意識的に休むようにして良かったことは、例え少ない休みでも「休んだ」という認識が残るので、休んだような気がしなかった以前の休みとは充足感が違うのだ。
 
さて、我が命題である「トランクひとつ」への整理は忘れていない。今月はバッグ類と決めてあれこれ考えてきたが、今日はいよいよ決行だ。何か片付けをする時はルールを決めないと収拾がつかなくなるので、自分なりのルールを決めた。「ハレ、ケ、予備」の基準で3点ずつ選っていくことにしたのだ。まずは、トランク行き(最後まで使う)の3点。まだしばらく(10年くらい?)は仕事をすることになるだろうから、その現役中に使う物3点、臨時(旅行、冠婚葬祭等)に使う物3点、計9点。何か壊れたり古くなってしまった時だけ新しくする。常に9点で、かなりのスリム化だ。
まだ旅行にも行きたいし、行けるので、一週間用くらいの旅行ケースは必要だ。お土産など荷物が増えた時用のたためるトートバック、観劇、食事等のお出かけ用の小バックもその中に入れておこう。仕事用には、沢山入るトートバッグは便利だが、仕事柄、書類等紙類を持ち歩くことが多いので重過ぎて、何年か前に肩を痛めてしまい、以来、ハンドバッグとブリーフケースに分散して持つことにした。最後には、改まった場所にも大丈夫なオーソドックスな黒のハンドバッグ、洋服にも和服にも合うビーズの手提げ、軽い2ウェイ(ショルダー、リュック)バッグの3点になるはずだし、それで充分な気がする。これでどこまでやれるだろうか。今までは、素敵なバッグでも見かけるとすぐに買ってしまったものだが、どうだろう。物を少なくしてシンプルに生きる満足感がその物欲に勝るかどうか。
でも、こうやって処分する物を見てみると、ろくに使わなかった物も多い。これからは選び抜いた物をとことん使い尽くそうと思う。使い尽くして、壊れた時に改めて新しい物を買いたい。数はこれで決まり。

ところで、どうしても必要とは思えないが、処分出来なかった物が一つある。それは、トニー賞にノミネートされた者だけに与えられるトートバッグである。
NYで20年以上アーチストとして活躍している友人のMさんからもらった物だ。Mさんは石岡瑛子の遺品整理を手伝い、その時に譲り受けたこのバッグを「舞台製作をしているあなたに相応しいと思って」と私に譲ってくれた。トニー賞なんて! 考えたことも無いし、目指したことも無い。これからも縁は無いだろう。これは、ある意味、相当貴重品だ。日本人では数名しか持っていないだろう。確か昨年、日本人で初めて受賞したプロデューサーがいたと思うが、いずれにしても希少価値ではあり、あだやおろそかに処分は出来ない。もしここに、演劇、ミュージカルでブロードウェイを目指す若者がいたのならば、夢と共に譲りたいくらいである。
トニー賞といえば、つい先日の受賞式にスティングが新しいミュージカル「The Last Ship」のパフォーマンスで出演していたが、舞台はいつから始まるのだろう。楽しみで楽しみで仕方がない!

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2014年6月21日

24 れれれの会 / 深沢七郎「楢山節考」

読書会「れれれの会」の今回のテーマは「楢山節考」で、発表者はKさんだった。Kさんはいつも素晴らしい発表をして、メンバーから「あまりすごい発表をすると後がやり難いから、ほどほどにしてね」と言われるような人だ。「連合赤軍事件を考える」の時は、彼女の仕事関係でもある映画からのアプローチで始め、参考文献35冊を読み、心理学的に密室状況下の問題まで言及した。幸田文「きもの」の時は、彼女の趣味でもあるアンティーク着物のコレクションを持参し、色彩、手触りを実際に確かめて、明治時代に生まれた主人公の着物へのこだわり、生き方を検証した。
ことほどさようにあまりのこだわり故に、発表の前日は徹夜をしてしまうとのことだった。そんなこともあり、真面目な津田先生まで「徹夜などして頑張らなくてもよし、適当にやって下さい」などと、普段の先生のボキャブラリーに無いことをおっしゃる。Kさん、今回は「二時間は寝ました!」と。しかし、やはり、レジュメは18枚!そして、素晴らしい発表で、発表後の討論も活発だった。
「楢山節考」は私も今まで何度か読んでいる。その度に新しい発見と感慨がある大変な名作だと思う。津田先生も近代文学短編小説の三大傑作の一つであるとおっしゃる。武田泰淳、伊藤整、正宗白鳥、等、作家達も絶賛している。
親を老人ホームに入れることなどを「現代の楢山節考」と例えられることが多いが、これは的外れな例えである。「高齢社会への警告」などという捉え方も見当違いだ。「楢山節考」で深沢七郎の描いている世界はもっと深い。歴史的にも民俗学的にも、現代の倫理観では捉え切れない死生観がそこにはあるように思える。私は「人は自ら死んではならない」と最近まで思ってきたが、人間だからこそ自らの死を選んでも良いのではないかとふと思うことがある。「楢山節考」のおりんが自ら進んでお山行きを願うのはそれとはまた違うが、社会のルールに従っているだけではない死生観がそこにはある。終章の、凄惨なはずのお山の風景が何故か美しく感じられるのは、雪の効果と共に聖俗を超えたおりんの澄みきった精神性がそこにあるからに違いない。
映画でも、木下恵介版、今村昌平版共に、ラストシーンは同じ解釈だったと思う。内容はまったく対照的な捉え方であったが。映画では他に、新藤兼人の「生きたい」の劇中劇としての吉田日出子の老婆が印象的だった。彼女の女優としてのキャラクターと相まって、イノセントで神々しい姿が忘れられない。
能「姨捨」はもっと聖俗を超えていて、老人遺棄の悲惨さはない。月の光の精のような透明度の高い老女が舞うことで、浄化された清らかな世界を見せてくれる。無常のこの世を脱し、解脱した者の神々しさがそこにはある。私の尊敬する近藤乾之助師の「姨捨」では客席ですすり泣きがおきた。捨てられた悲しみというような俗っぽい感情では無く、人の世の無残さ、聖俗超えた透明な哀しみ、その崇高性に対する感動の涙だったように思える。
自然死とはどのような状態までを言うのであろう。現代は医療も発達し、望まない延命もあり得る。「ぴんころ」が理想の最後とも言われている。私は望まないことはされたくないので、自分の希望を書き残したが、果たしてどうなるのか、その時にならないと分からない。

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