誕生日の自分へのプレゼントはまずは身体のメンテナンス。仙骨の調整をしに恵比寿のMRTに行く。
もう一つのご褒美は、能「姨捨」の鑑賞。まったく仕事を離れての純粋な観劇である。大好きな梅若万三郎師の舞台であり、「姨捨」には最近思うところもある。
まず、解説の馬場あき子の話が素晴らしかった。
時間は速やかに過ぎ去って行くが、人間の背負うもので一番重いのは時間。時間の積み重ねと、精神と肉体とのせめぎ合いが生きるということ。というような趣旨の話だった。肉体が衰えた時、心の純粋さ、美しさが表出する。歳をとって「姨捨」を観たいという自分の心の動きはそういったことに繋がるとも。
能「姨捨」には老人遺棄の悲惨さはなく、月の光の精のような老女が舞うことで、浄化された清らかな世界を見せてくれる。人の世の無残さを超えて、解脱した者の神々しさがそこにはある。
万三郎師の舞には、聖俗を超えた透明な哀しみがあり、そこには崇高性が漂っていた。肉体の衰えさえも老女そのものであった。涙を禁じ得ず、一生忘れることがないであろう舞台となった。
歳を取ることが決して悪いことばかりではないと教えてくれるのは、こういった優れた作品である。