2022年6月27日

315 夏は信州

コロナ禍も少し落ち着いたと判断したのか帰省が許され、一年振りに長野の病院に通い出した。今のところは二ヶ月に一回。偶然にも妹もこのクリニックに通っていたので、一緒に行ってくれて何くれと世話をしてもらえるので助かっている。
主治医の水嶋先生は西洋医学と東洋医学を両立させながら、患者中心の医療をしている人間性に溢れた医者だ。コロコロと太めの身体に細くてちっちゃな目。見かけ通り優しい。だが実はその可愛らしい目で鋭い観察をしているのだ!
患者の顔も見ない、会話無しの今時の医者は見習うべき所が大だろう。

故郷は心休まる。老後は帰郷することに決めたのは五年前ぐらいだろうか…
病気が進むにつれてその気持ちは高まる。
冬の寒さを考えるとめげそうだが、今の季節は最高だ!東京並みの三十度超えの気温を聞くと、異常気象を実感するばかりだが、湿度が低いので風は爽やかだ。何と言っても、避暑地、療養地と喧伝された土地柄だ。夏は最高!
一時間に一回しか通らない小海線に出会う。ハイブリット車の新しい車体が夏の風景に映える。田植えを終えた田圃の青々とした美しさ!空の青、雲の白さの輝き!
空気が美味しい!
きっと病気も治るに違いない。








2022年6月1日

314 「六月」

今日から六月。
今年の半分が終わってしまった、などと月末にぼやかないようにしたい。

茨木のり子の「六月」は、私の大好きな詩だ。 
   
 どこかに美しい村はないか
 一日の仕事の終わりには
 一杯の黒ビール
 鍬を立てかけ 籠をおき
 男も女も大きなジョッキをかたむける

2022年5月1日

313 春は終わりぬ

昨日で4月も終わり、一年の三分の一が過ぎた。
過ぎてしまった!
また何もしない内に時が過ぎるのか?
それで良いのだという諦念さえ持てれば、いっそ楽なのに、俗人の私はまだやりたいことがある。それも大したことでは無いのだけれど…

先月の句会にて、特選を頂いた一句。
 散りしきりどこまで続く花筏

 

2022年4月6日

312 △

 ✕ではないが、〇と言えるような体調ではない。
こんな感じが続くと、私はやっぱり病人なんだなあと思わざるを得ない。
宮沢賢治に「春と修羅」という詩集があるが、外界のうららかさと自分の身体のちぐはぐさとの葛藤を表す言葉なのだなあとつい思い出された。
生命力に満ちた春に力をもらうというより、そのパワーにやられることもあるのだと、この難病患者は改めてて思うのであった。

2022年3月14日

311 卒業シーズン

 この数日はポカポカとしてとても暖かく、春らしい気候だ。
卒業シーズンともあり、我れらが「子どものための日本文化教室」の17期修了式も行われた。
対象は幼児と小学生なので、小学6年生で卒業となる。今年は二人の女の子だった。一人は3歳から9年、もう一人は小学校の間6年間、よく通ってくれた。
袴をつけた姿はお人形さんのように可愛らしい。お目出度い曲の「猩々」と「高砂」の仕舞をそれぞれ披露してくれた。それはそれは立派で、何年も通ってくれた成果があった。
諸々の稽古の成果は今後の日常生活の佇まいにも影響することだろう。
チカちゃん、サキヨちゃん、ありがとう。心から感謝します。



2022年2月26日

310 〇

マル。
寒さの中にも春の気配がする。紅白の梅が香り豊かに、春の訪れを告げんと咲き誇っている。
春には体調が悪いことが多くて憂鬱になるが、今年はその自然の生命力にあやかって、元気になるんだ!

2022年2月17日

309 〇

 マル!
今年の東京は寒い。信州生まれの私は平気だけどネ!
だが、寒さはP病の震えを誘発するので辛い。
身体を温めるしかない。