〇
9月も後一週間で終わる。この一週間が正念場だ。地方公演が2本に講座が一本。こなすのが精いっぱいで、楽しむ余裕が無い。仕事だから仕方ないだろうと叱られそうだが、どんな苦しい仕事でもどこかにひそかな楽しみを見つける私にとっては、悲しいかな、今は失敗しないことだけを考えるしかないというようなテイタラクである。
2015年9月24日
2015年9月14日
2015年9月4日
77 ミネストローネで医者いらず
疾風の8月が終わり、怒濤の9月が始まった。今月は公演3本、講座が4本と、これまた恐ろしいラインナップだ。
それにしても暑い暑い夏だった。このところ数日だけ秋めいて涼しかったが、また残暑が戻ってきた。寒い所の生まれのせいか暑さは元より苦手である。暑さと多忙で、よくぞ倒れなかったものだと思うが、若い頃と違ってもう無理もきかなくなってきているし、身体に対して少しは気をつけていることもあるから乗り切れたのだろうか。
身体の為といったら、まず食事だろう。ちょっと疲れてきたなと思った時や風邪っぽい時に、私が必ず作るのがミネストローネだ。風邪などすぐに吹っ飛んでしまう。沢山の旬の野菜から力をもらっているのだ。ミネストローネだから季節は問わずトマトはたっぷり入れる。「トマトが赤くなると医者が青くなる」とは、言い古された諺だが、私もおかげでまったくの医者いらず、薬いらずで20年以上は過ごしている。
それから、私にとってこのスープに欠かせないのはセロリだ。オリーブオイルで炒めた野菜をセロリの葉っぱの煮出し汁でグツグツと煮るのだが、経験上、滋養に関してはセロリの効き目は大きいような気がする。そして今年の夏は、友人Sが自宅の庭に作った畑で丹精込めて栽培したジャガイモが活躍した。何に対しても行動が慎重で丁寧なSらしく、きれいで出来の良いジャガイモが美味しかった。
ところで、つい何ヶ月か前の事だが、友人が勤める制作会社が作ったドキュメンタリーというので見たのだが、イタリアの小さな島の世界一長寿の家族の事が放送された。9人のきょうだいは皆90才以上でぴんぴん、長女はなんと100才を超えているのだが、そのファミリーが毎日食べているのが、採れたてのトマトと野菜がたっぷりのミネストローネだったのだ!イタリア人らしくスパゲッティをポキポキッと投げ入れていたっけ。まさに、ミネストローネが健康食、長寿食だというのが証明された訳だ。赤ワインを毎日1、2杯飲むっていうのも気に入った。
それにしても暑い暑い夏だった。このところ数日だけ秋めいて涼しかったが、また残暑が戻ってきた。寒い所の生まれのせいか暑さは元より苦手である。暑さと多忙で、よくぞ倒れなかったものだと思うが、若い頃と違ってもう無理もきかなくなってきているし、身体に対して少しは気をつけていることもあるから乗り切れたのだろうか。
身体の為といったら、まず食事だろう。ちょっと疲れてきたなと思った時や風邪っぽい時に、私が必ず作るのがミネストローネだ。風邪などすぐに吹っ飛んでしまう。沢山の旬の野菜から力をもらっているのだ。ミネストローネだから季節は問わずトマトはたっぷり入れる。「トマトが赤くなると医者が青くなる」とは、言い古された諺だが、私もおかげでまったくの医者いらず、薬いらずで20年以上は過ごしている。
それから、私にとってこのスープに欠かせないのはセロリだ。オリーブオイルで炒めた野菜をセロリの葉っぱの煮出し汁でグツグツと煮るのだが、経験上、滋養に関してはセロリの効き目は大きいような気がする。そして今年の夏は、友人Sが自宅の庭に作った畑で丹精込めて栽培したジャガイモが活躍した。何に対しても行動が慎重で丁寧なSらしく、きれいで出来の良いジャガイモが美味しかった。
ところで、つい何ヶ月か前の事だが、友人が勤める制作会社が作ったドキュメンタリーというので見たのだが、イタリアの小さな島の世界一長寿の家族の事が放送された。9人のきょうだいは皆90才以上でぴんぴん、長女はなんと100才を超えているのだが、そのファミリーが毎日食べているのが、採れたてのトマトと野菜がたっぷりのミネストローネだったのだ!イタリア人らしくスパゲッティをポキポキッと投げ入れていたっけ。まさに、ミネストローネが健康食、長寿食だというのが証明された訳だ。赤ワインを毎日1、2杯飲むっていうのも気に入った。
2015年8月26日
76 〇
〇
二つの大きな催しを抱えて、8月は一年で一番忙しい月になってしまった。
先日「夏休み親と子の能楽教室」が終り、今度の日曜日30日は「第21回能楽座自主公演」が控えている。どちらも素晴らしい企画なのに、楽しむ余裕がない。いつか手を引く前に、じっくり味わいながら、楽しみながら、携わりたいものだと思っている。
二つの大きな催しを抱えて、8月は一年で一番忙しい月になってしまった。
先日「夏休み親と子の能楽教室」が終り、今度の日曜日30日は「第21回能楽座自主公演」が控えている。どちらも素晴らしい企画なのに、楽しむ余裕がない。いつか手を引く前に、じっくり味わいながら、楽しみながら、携わりたいものだと思っている。
2015年8月18日
75 又甥誕生
姪の子供は、女の子の場合は「又姪」、男の子の場合は「又甥」と呼ぶのだそうだ。
その又甥が先日産まれた。
産まれて4日目にしておメメはぱっちり、髪もフサフサ、うっすら笑っているみたいで、産まれたてとは思えない。昨年産まれた又姪もしっかりしていた。最近は、おサルみたいにくしゃくしゃの赤ちゃんをあまり見ない。
又姪の時もそうだったが、新しい命の誕生は周りの者に幸せを運んでくれる。幸せな気持ちになるから、ハッピーな現象も引き寄せられるのだろうか。赤ちゃんの誕生だけでも嬉しい出来事なのに、加えて幸福な出来事が連鎖するのはとても気分が良い。
私には、姪や甥が沢山いるので、これからが益々楽しみである。
2015年8月9日
74 チラシの山 / 仕事の山
私達の仕事には、チラシ、ポスターは付き物なので、仕事が立て込んでくると事務所はチラシが山積みになってしまう。いつも秋に行っていた公演が前倒しになったりして、この8月、9月は大変なことになってしまった。改めて数えたらチラシは7種類あった。
出来るスタッフがそれなりに居れば問題は無いのだが、近頃は舞台の裏方になろうなんていう若者はとんと少なくなってしまった。現場に行くと、音響も照明も同様で、トップの人間は嘆いている。
今時の若者は、給料が保障されて手当もきちんと付くような大きな会社に入りたいようだが、こういう仕事の本当のやりがいはそういった会社で手に入れることはないと思うのだが…
幸いに私は、今は優秀なアルバイト何人かで何とかこなしているが、彼女たちはプロの制作者を目指している訳ではないので、後継者捜しはまだまだ続きそうだ。私に何か起きてからでは遅いので、人捜しに本腰を入れなくてはいけないのに、目の前の仕事に追われている。
出来るスタッフがそれなりに居れば問題は無いのだが、近頃は舞台の裏方になろうなんていう若者はとんと少なくなってしまった。現場に行くと、音響も照明も同様で、トップの人間は嘆いている。
今時の若者は、給料が保障されて手当もきちんと付くような大きな会社に入りたいようだが、こういう仕事の本当のやりがいはそういった会社で手に入れることはないと思うのだが…
幸いに私は、今は優秀なアルバイト何人かで何とかこなしているが、彼女たちはプロの制作者を目指している訳ではないので、後継者捜しはまだまだ続きそうだ。私に何か起きてからでは遅いので、人捜しに本腰を入れなくてはいけないのに、目の前の仕事に追われている。
2015年7月31日
73 歌舞伎二題
歌舞伎座の七月大歌舞伎と新橋演舞場の「阿弖流為(あてるい)」と、7月は2回、歌舞伎を観に行った。
「阿弖流為」は歌舞伎NEXTとかいって歌舞伎を謳っているが、戯曲は現代語の科白の物で台本、演出共に劇団☆新感線の中島かずきといのうえひでのりなので、現代劇というべきだろう。見得を切る、飛び六法を踏んで花道を去る、立ち廻りの後に足を広げてひっくり返り参ったのポーズをさせる等、随所に歌舞伎独特の演出がほどこされているが、照明、音響も現代劇のように作っていて、新感線のようにスピード感があり、笑いもあり、退屈させない。
染五郎は幸四郎によく似てきた。勘九郎も頑張っていたが、何よりも七之助のすらっとした姿の柔らかい美しさは天性の女形としての資質を感じる。会場も大変な熱気で、総立ちのカーテンコールが何度も繰り返される。そもそも伝統芸能にはカーテンコールなどないのだが…それは結構だが、その時に合わせて光るリストバンドを振るようにと、観客の腕になかば強制的に巻かせたのには参った。私も歳をとって少しは丸くなったのだろうか、文句も言わずにただ苦笑いだったが、希望者に配るぐらいにした方が良いのになあと思う。そういうのを嫌って白ける人はいるものだ。しかし、そういうことに興ざめするような人を対象にした舞台でもないか…。
さてさて、本題は歌舞伎座公演だ。今回は格別に面白くて、何日も余韻が残っていた。玉三郎を今の内に観られるだけ観ようという仲間6人と、この暑さにもめげずに出向いたのだが、会場も熱気むんむんの満員御礼、チケットは初日から千秋楽まであっという間に売り切れたらしい。私には猿之助という興味もあるが、世間的に何かと話題の海老蔵、獅童、中車も出演とあっては売切れ御免であろう。
玉三郎はまだまだ美しい。「お富与三郎」のお富の風呂上がりの艶っぽさにはため息が出る。観客も見入っている。そこへ切られ与三の名科白がかかる。「おかみさんへ、お富さんへ、いやさお富、久しぶりだなあ」。勿論、大向こうから「待ってましたっ」がかかる。しかし、海老蔵の与三は今一つ切れがない。それにつけても、数年前に観た仁左衛門の与三が忘れられない。
お富の家に与三を連れてくる、蝙蝠安のずるがしこい小物ぶりが、女物の着物をぞろりと着た獅童の演技で際立った。「南総里見八犬伝」での屋上での立ち廻りや、立ち姿の決まり具合が格好よくて、今回は仲間内でも獅童の評判が良かった。
それに比べて、中車に関しては口をつぐんで誰も何も言わない。香川照之として演技が認められているが故に、落胆の度合いが大きかったのかもしれない。現代劇でどんなに上手い俳優でも簡単にいかないのが伝統の世界だ。長い間に積み重なった約束事、様式美が一朝一夕で身に付くものではないのだ。歌舞伎の影響のせいか、テレビドラマなど現代劇での彼の演技がオーバーになってしまったという話もあるが、それこそ本末転倒というものだろう。
さあ、待ってましたっ、猿之助の登場。この日の観客の拍手は猿之助の為に鳴り響いていたように思える。六変化舞踊の早替りの度に万雷の拍手。とにかく早い。早いだけではなく、踊りの上手いこと!観ていて小気味が好い。本人も心から楽しんでやっているように見える。深紅の着物が美しい禿の愛くるしかったことったらなかった。小柄のせいか、最後の蜘蛛の精まで何だか可愛らしかった。隈取りをほどこした荒々しい姿なのにも拘わらず、何かのゆるきゃらみたいだった。これはご愛嬌。歌舞伎は出雲の阿国の頃は傾奇(かぶき)踊りと言ったという。ケレンたっぷりの猿翁一門はその本質を忘れていないのであろう。
玉三郎は、次は9月の「伽羅先代萩」だそうだ。名優による名作の名場面が今から楽しみだ。
「阿弖流為」は歌舞伎NEXTとかいって歌舞伎を謳っているが、戯曲は現代語の科白の物で台本、演出共に劇団☆新感線の中島かずきといのうえひでのりなので、現代劇というべきだろう。見得を切る、飛び六法を踏んで花道を去る、立ち廻りの後に足を広げてひっくり返り参ったのポーズをさせる等、随所に歌舞伎独特の演出がほどこされているが、照明、音響も現代劇のように作っていて、新感線のようにスピード感があり、笑いもあり、退屈させない。
染五郎は幸四郎によく似てきた。勘九郎も頑張っていたが、何よりも七之助のすらっとした姿の柔らかい美しさは天性の女形としての資質を感じる。会場も大変な熱気で、総立ちのカーテンコールが何度も繰り返される。そもそも伝統芸能にはカーテンコールなどないのだが…それは結構だが、その時に合わせて光るリストバンドを振るようにと、観客の腕になかば強制的に巻かせたのには参った。私も歳をとって少しは丸くなったのだろうか、文句も言わずにただ苦笑いだったが、希望者に配るぐらいにした方が良いのになあと思う。そういうのを嫌って白ける人はいるものだ。しかし、そういうことに興ざめするような人を対象にした舞台でもないか…。
さてさて、本題は歌舞伎座公演だ。今回は格別に面白くて、何日も余韻が残っていた。玉三郎を今の内に観られるだけ観ようという仲間6人と、この暑さにもめげずに出向いたのだが、会場も熱気むんむんの満員御礼、チケットは初日から千秋楽まであっという間に売り切れたらしい。私には猿之助という興味もあるが、世間的に何かと話題の海老蔵、獅童、中車も出演とあっては売切れ御免であろう。
玉三郎はまだまだ美しい。「お富与三郎」のお富の風呂上がりの艶っぽさにはため息が出る。観客も見入っている。そこへ切られ与三の名科白がかかる。「おかみさんへ、お富さんへ、いやさお富、久しぶりだなあ」。勿論、大向こうから「待ってましたっ」がかかる。しかし、海老蔵の与三は今一つ切れがない。それにつけても、数年前に観た仁左衛門の与三が忘れられない。
お富の家に与三を連れてくる、蝙蝠安のずるがしこい小物ぶりが、女物の着物をぞろりと着た獅童の演技で際立った。「南総里見八犬伝」での屋上での立ち廻りや、立ち姿の決まり具合が格好よくて、今回は仲間内でも獅童の評判が良かった。
それに比べて、中車に関しては口をつぐんで誰も何も言わない。香川照之として演技が認められているが故に、落胆の度合いが大きかったのかもしれない。現代劇でどんなに上手い俳優でも簡単にいかないのが伝統の世界だ。長い間に積み重なった約束事、様式美が一朝一夕で身に付くものではないのだ。歌舞伎の影響のせいか、テレビドラマなど現代劇での彼の演技がオーバーになってしまったという話もあるが、それこそ本末転倒というものだろう。
さあ、待ってましたっ、猿之助の登場。この日の観客の拍手は猿之助の為に鳴り響いていたように思える。六変化舞踊の早替りの度に万雷の拍手。とにかく早い。早いだけではなく、踊りの上手いこと!観ていて小気味が好い。本人も心から楽しんでやっているように見える。深紅の着物が美しい禿の愛くるしかったことったらなかった。小柄のせいか、最後の蜘蛛の精まで何だか可愛らしかった。隈取りをほどこした荒々しい姿なのにも拘わらず、何かのゆるきゃらみたいだった。これはご愛嬌。歌舞伎は出雲の阿国の頃は傾奇(かぶき)踊りと言ったという。ケレンたっぷりの猿翁一門はその本質を忘れていないのであろう。
玉三郎は、次は9月の「伽羅先代萩」だそうだ。名優による名作の名場面が今から楽しみだ。
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