私は自他共に認める蛸好きで、お刺身、唐揚げ、煮物、酢の物、カルパッチョ、マリネ…と、飲み屋や料理屋で頼まないことはない、と言っていいくらいだ。たまに頼まなかったりすると、同行した若いスタッフが気をきかせて「頼まなくていいんですか?」なんて言ってくれたりして、その気遣いに応えて結局は食すことになるのだった。
そんな私が蛸の扱いに難渋することとなった。源氏物語の講読会の仲間達が、定年退職して今は天草に帰郷している友人を訪ねる旅に出て、そのお土産に蛸の干物を送ってくれたのだ。食べることは好きだが料理が得意とは言えない私を心配してか、友人のHがこの蛸の料理の仕方を手ほどきしてくれる。水で戻すのは一晩、いや一昼夜ほどいる、いや炙って裂いてからが良い、水と酒に漬けろ。と何度もメールと電話でご教授たまわる。大層な蛸なんだなあ。もう一人の留守番組で蛸を送ってもらったSは料理が得意なので、流石にそれはないと思ったらメールも電話もあったそうで、二人で「スゴイ蛸なんだねえ」と苦笑。おまけにSは佐島のセカンドハウスに居て、「西の明石、東の佐島といってここは蛸の名産地なのよね」と、更に苦笑い。
有明蛸街道と言って、この天草あたりの蛸も相当な物らしいが、まず折りたたんだ物を広げてみてタコ入道様のそのお姿にビックリ!頭の形を整える竹が口みたいだしうっすらと眼窩のようなへこみもある。ヒェー、コワ~イ!早く食べちゃおう!炙ると柔らかくなると言われたのにそれを忘れて、まず料理バサミで切り分ける。硬くて手が痛い!水と酒に浸し、一昼夜、一昼夜、と唱えて待ち、柔らかくなった蛸を食べやすい大きさに切って、調味料を入れて炊飯、蛸飯の出来上がり!
今日の昼食に職場のスタッフに食べてもらう。お世辞でも「美味しい」と言ってくれたのは嬉しい。歯ごたえがあり、味も濃くて美味しい蛸ではあった。でも、作ってもらって食べるのがやっぱり一番かな。
2018年5月1日
2018年4月20日
174 無関心にもほどがある!
今日私が怒っているのは大きな社会問題でも何でもないけれど、今朝の出来事にはちょっと驚いた。
ジリジリジリジリ~~と大きな非常ベルの音が鳴り響いたのは、朝の8時半くらいだろうか…びっくりした私は廊下に飛び出た。どうやら隣のマンションのベルらしい。凄まじい音が鳴り響いている。結構長く鳴っているのでドキドキしながら様子を見ていたが、誰一人出てこない。と、二軒隣のお兄ちゃんが出しなに「あー、びっくりしたあー」と言う。ベルの音に驚いたのではなく、ドアを出たとたんに私が立っていたからなのだ…「スゴイ音よね。隣みたいだけど大丈夫かしら?」と聞く私に「ハァー」と気の無い返事。関心がなさそうに出かけって行ったのだった。通りがかりの人が不審な顔をして隣のマンションを見上げたりはするが、立ち止まる人はいない。
二つのマンションを合わせれば100世帯はあるだろうに、廊下にもベランダにも人っ子一人出ない。こんな現象に驚くのは私だけ?
ボタンの押し間違いということも結構ある話ではあるが、そうと決まった訳でもないのに、あの音を聞いて心配そうに顔を出す人もいないのには本当に驚いた。何の為の非常ベルなんだ!?とも思う。本当だったらどうするんだ!?
様々な問題で現代人の無関心が取り沙汰されるが、こんな身近なところでも気づかされるのだった。勿論、今朝のベルはやがて止まったが、原因は分からない。
朝の8時に非常ベル鳴り響いても誰も出て来ない!

ジリジリジリジリ~~と大きな非常ベルの音が鳴り響いたのは、朝の8時半くらいだろうか…びっくりした私は廊下に飛び出た。どうやら隣のマンションのベルらしい。凄まじい音が鳴り響いている。結構長く鳴っているのでドキドキしながら様子を見ていたが、誰一人出てこない。と、二軒隣のお兄ちゃんが出しなに「あー、びっくりしたあー」と言う。ベルの音に驚いたのではなく、ドアを出たとたんに私が立っていたからなのだ…「スゴイ音よね。隣みたいだけど大丈夫かしら?」と聞く私に「ハァー」と気の無い返事。関心がなさそうに出かけって行ったのだった。通りがかりの人が不審な顔をして隣のマンションを見上げたりはするが、立ち止まる人はいない。
二つのマンションを合わせれば100世帯はあるだろうに、廊下にもベランダにも人っ子一人出ない。こんな現象に驚くのは私だけ?
ボタンの押し間違いということも結構ある話ではあるが、そうと決まった訳でもないのに、あの音を聞いて心配そうに顔を出す人もいないのには本当に驚いた。何の為の非常ベルなんだ!?とも思う。本当だったらどうするんだ!?
様々な問題で現代人の無関心が取り沙汰されるが、こんな身近なところでも気づかされるのだった。勿論、今朝のベルはやがて止まったが、原因は分からない。
朝の8時に非常ベル鳴り響いても誰も出て来ない!

2018年4月11日
2018年4月1日
172 ラジオ体操とヨガ / プロの裏付け
アコーディオニストの後藤ミホコさんから、タイ秘境旅行の話を聞きたくて久しぶりに会う。
彼女とは私の関係するコンサートやライヴで以前は月に1回2回は会っていて、仕事の合間によもやま話をしていたのだが、バンド編成が変わってしまったのでなかなか会えなくなってしまった。ミホコさんとは、健康、食事、環境の事など、価値観が似ており、いつも話が盛り上がるのだ。そこで、たまには会いましょうということで、3、4ヶ月に一度くらいはと、二人の中間地点の代々木で会うことにしている。二人共、新宿とか渋谷のごちゃごちゃした所は嫌いなのだ。美味しい店をいつもミホコさんがみつくろってくれて、今回はパスタ自慢のイタリアン。勿論、無化学調味料理で、野菜もたっぷり。美味しい物を食べながらの楽しいおしゃべりは何よりもストレス解消になる。今の私はとにかくストレスを退散させなけらばならない。
そこで早速、今の私の身体の話になる。彼女も自然療法派なので私の考え方には共感してくれる。そう、それに彼女の勧めによるラジオ体操も丁度半年やったのだ。彼女の友人の大阪腰痛館のヒロ先生の言葉「1日3分が取れないはずがない」「3ヶ月やれば何かが変わる」をおまじないにしてやり続けたのだ。(続けたなんて言えないような時間だけれど)
私の様子をミホコさんから聞いたヒロ先生の感想も聞けた。
私のような人が増えてくることは何よりの喜びだと言ってくれたそうだ。必死で1年間筋トレするよりも毎日3分のラジオ体操を10年続け た方が健康面では有効に作用するとも。先生の常連さんで毎日のウォーキングとラジオ体操を60歳から始めて、現在90歳を超えて一切病院に行ったことがないというツワ モノがいるそうだ。その方は身体が元気なものだから精神的にも穏やかで落ち着いているそうだ。これこそ、万人の理想なのではないだろうか。私も目標にしたいところだ。
彼女とは私の関係するコンサートやライヴで以前は月に1回2回は会っていて、仕事の合間によもやま話をしていたのだが、バンド編成が変わってしまったのでなかなか会えなくなってしまった。ミホコさんとは、健康、食事、環境の事など、価値観が似ており、いつも話が盛り上がるのだ。そこで、たまには会いましょうということで、3、4ヶ月に一度くらいはと、二人の中間地点の代々木で会うことにしている。二人共、新宿とか渋谷のごちゃごちゃした所は嫌いなのだ。美味しい店をいつもミホコさんがみつくろってくれて、今回はパスタ自慢のイタリアン。勿論、無化学調味料理で、野菜もたっぷり。美味しい物を食べながらの楽しいおしゃべりは何よりもストレス解消になる。今の私はとにかくストレスを退散させなけらばならない。
そこで早速、今の私の身体の話になる。彼女も自然療法派なので私の考え方には共感してくれる。そう、それに彼女の勧めによるラジオ体操も丁度半年やったのだ。彼女の友人の大阪腰痛館のヒロ先生の言葉「1日3分が取れないはずがない」「3ヶ月やれば何かが変わる」をおまじないにしてやり続けたのだ。(続けたなんて言えないような時間だけれど)
私の様子をミホコさんから聞いたヒロ先生の感想も聞けた。
私のような人が増えてくることは何よりの喜びだと言ってくれたそうだ。必死で1年間筋トレするよりも毎日3分のラジオ体操を10年続け
その後、ヒロ先生がラジオ体操の意味を専門的に説明してくれた文(私にも伝えてと)を、ミホコさんが送ってくれた。
「ラジオ体操が近年見直されてきているのは、スポーツ界でダイナミックストレッチがパフォーマンスを引き出す のに有効だといわれていますが、大昔からあるラジオ体操がダイナミックストレッチそのものだから です。Jリーガーが「ブラジルダンス」というエクササイズをやって、すごく広がりましたがあれもダイナミックストレッチなんです。古い古いラジオ体操が最も新しいトレーニング理論に当てはまると いうのも面白いです」
納得だ! 一見ダサい(?)ラジオ体操もカッコよく見えるではないか!
そして、ヨガのこともこのようにおっしゃっている。
「意識を自分の内側に向ける作業はとても重要です。年をとればとるほど身体の変化に敏感になっておきたいのです。そうすることで異変にいち早く対応できて病気やケガを防ぎたいと 考えています」
素晴らしいではないか!
このところの不調もあって潜在意識の欲求によるのか、ラジオ体操とヨガを始めたのにも意味があったのだとつくづく思うのだった。
2018年3月22日
171 スワ! 難病か?!
このところの足の衰えはこの間も書いた通りだ。ヨチヨチとした前のめりの歩きぶりは自分のみならず周囲も認めるところとなった。ついこの間、一ヶ月に一、二度は行く西荻窪の居酒屋のお姉さんから「今日は珍しく酔ってますね」と言われる。何のことはない。足がよろけていたのだ。一ヶ月前まではそうは見えなかったのだ。秋にはひょいと登れたカウンターバーの高いスツールにも座れず、一緒に行った職場のスタッフとバーテンさんとに手助けしてもらって這い登った。酔っぱらっていたとは言え、平らな所で転んで起き上がれず、通りがかりの若い男の子に助け起こしてもらった。(酒飲みがらみの話ばかりだなあ~情けない限りだ)
ただの酔っ払い話だと思って、親しい友人達は「まったく恥ずかしいわね~」と呆れる。姪も「ここんとこ急だよね!」と衰えぶりに驚く。そうだよなあ、老化にしては早いし、寝たきりにしている訳ではないのに、と考えている内に足の震えが始まった。ネットで調べたり、素人考えで、「パーキンソン病」「リュウマチ」「脳梗塞の後遺症」等々を疑う。気が付かない内に小さい脳梗塞はおきていると聞いたことがある。
そんな中、久しぶりに会った少し年上の友人Sさんが、私の様子を見つつ話の内容を聞いて「私の病気の初期症状にそっくり」と、言う。「繊維筋痛症」と、初めて聞く病気だ。世の中には本当に色々な病気があるものだ。いわゆる難病の一つで、日本人には少なく、あのレディ・ガガも闘病中であるという。(だから何?なのだけど…)
鬱病が併発していることが多いそうで、 症状が進むとガラスの破片が身体中を流れるような激痛や、止まらない震え、疲労感に悩まされるという。恐ろしい! 弱虫の私には耐えられようもない。そうならない内に対処しないといけない。西洋医学では難病とされ、これと言った治療法もなく、痛み止めの薬も副作用が酷く、彼女も余計に具合が悪くなったそうだ。痛み止めは痛みをごまかすだけで根本の治療にはならない。
私は以前、入院したことをきっかけに、西洋医学の矛盾と薬の怖さを身をもって知り、退院後は抗生物質で弱った身体を回復させるために、東洋医学、自然療法のそれこそありとあらゆるものを試した。漢方薬、サプリメント、熱いもの(灸)から冷たいもの(-160℃の水素ガス)、リフレクソロジー、カイロプラクティック、ヒーリング、痛いものから無痛のもの、etc. これらの療法の理念は共通している。薬や化学的な物に頼らず、人間が本来持っている自己治癒力を高めて自分の力で病気を治すというものだ。その為の方法が違うだけで、どれもそれぞれに素晴らしい。3年程のジプシーの結果、私がたどり着いたのは仙骨療法だった。無痛、瞬間で仙骨だけを調整するというシンプルなやり方、考え方が気に入り、勿論、身体の調子が良くなったからだが、以来30年近く続いている。その間、病院へ行ったのは3回程か…、薬もほとんど飲んでいない(というか、強い薬は吐いてしまうようになった)。それなのに…
今回の不調は、健康過信とストレス過剰が招いた結果に他ならない。
繊維筋痛症のことを教えてくれたSさんも、この病気は「原因はストレスでしかない」と言う。医師も「身体の鬱病」と言ったそうである。私の場合は、精神的なものより物理的なストレス(休まない)なので、休めば良いことである。2年前の唾石症騒ぎの折にも、休むと宣言したのに三日坊主に終わったので、職場のスタッフは私を「オオカミ少年」扱いだ。でも、今度こそ休むぞ! こんなに不調じゃ仕事の効率も悪いし、元気になって頑張ればいいものね!(って、リキむなってば)
さて、難病で苦しんだSさんがたどり着いたのは、やはり自然療法のMTSという療法だ。これもカイロプラクティックを原点とした療法で、神経の伝達機能が阻害された結果が病気を生むという理論で、その機能を高める治療である。治療も短時間で無痛だと言う。主宰のU先生に診てもらいたいという患者は引きも切らず、予約もびっしり、さらにU先生は高齢ということもあって新規の患者は診ないというところを、Sさんが私の為に頼み込んでくれ予約を取ってくれた。有り難いことだ。1回目の治療後から歩幅が大きくなったような気がする。「筋肉があるから心配ない。脳からの神経伝達さえ治せばいくらでも歩ける。」とのことで、心から安心した。柔和な笑顔のU先生から「大丈夫」と言ってもらっただけで、元気が出る。施術者の人間性と患者との相性は大切だ。週1回、連続3回は続けた方が良く、私程度の症状だと後は時々で良いだろうということ。楽しみだ。
病院へ行ってないので繊維筋痛症と特定された訳ではないが、こういった種類の病気にはストレス軽減と共に筋肉を動かすリハビリが重要だと言う。思えば昨秋から足の衰えを感じ、運動不足とばかり思い、ラジオ体操を始めた。やっていなかったらどうなってしまっただろうと思う。身体を守ろうという潜在意識が働いたのだろう。ラジオ体操を始めてそろそろ半年だ。とにかく続けてみよう。
ただの酔っ払い話だと思って、親しい友人達は「まったく恥ずかしいわね~」と呆れる。姪も「ここんとこ急だよね!」と衰えぶりに驚く。そうだよなあ、老化にしては早いし、寝たきりにしている訳ではないのに、と考えている内に足の震えが始まった。ネットで調べたり、素人考えで、「パーキンソン病」「リュウマチ」「脳梗塞の後遺症」等々を疑う。気が付かない内に小さい脳梗塞はおきていると聞いたことがある。
そんな中、久しぶりに会った少し年上の友人Sさんが、私の様子を見つつ話の内容を聞いて「私の病気の初期症状にそっくり」と、言う。「繊維筋痛症」と、初めて聞く病気だ。世の中には本当に色々な病気があるものだ。いわゆる難病の一つで、日本人には少なく、あのレディ・ガガも闘病中であるという。(だから何?なのだけど…)
鬱病が併発していることが多いそうで、 症状が進むとガラスの破片が身体中を流れるような激痛や、止まらない震え、疲労感に悩まされるという。恐ろしい! 弱虫の私には耐えられようもない。そうならない内に対処しないといけない。西洋医学では難病とされ、これと言った治療法もなく、痛み止めの薬も副作用が酷く、彼女も余計に具合が悪くなったそうだ。痛み止めは痛みをごまかすだけで根本の治療にはならない。
私は以前、入院したことをきっかけに、西洋医学の矛盾と薬の怖さを身をもって知り、退院後は抗生物質で弱った身体を回復させるために、東洋医学、自然療法のそれこそありとあらゆるものを試した。漢方薬、サプリメント、熱いもの(灸)から冷たいもの(-160℃の水素ガス)、リフレクソロジー、カイロプラクティック、ヒーリング、痛いものから無痛のもの、etc. これらの療法の理念は共通している。薬や化学的な物に頼らず、人間が本来持っている自己治癒力を高めて自分の力で病気を治すというものだ。その為の方法が違うだけで、どれもそれぞれに素晴らしい。3年程のジプシーの結果、私がたどり着いたのは仙骨療法だった。無痛、瞬間で仙骨だけを調整するというシンプルなやり方、考え方が気に入り、勿論、身体の調子が良くなったからだが、以来30年近く続いている。その間、病院へ行ったのは3回程か…、薬もほとんど飲んでいない(というか、強い薬は吐いてしまうようになった)。それなのに…
今回の不調は、健康過信とストレス過剰が招いた結果に他ならない。
繊維筋痛症のことを教えてくれたSさんも、この病気は「原因はストレスでしかない」と言う。医師も「身体の鬱病」と言ったそうである。私の場合は、精神的なものより物理的なストレス(休まない)なので、休めば良いことである。2年前の唾石症騒ぎの折にも、休むと宣言したのに三日坊主に終わったので、職場のスタッフは私を「オオカミ少年」扱いだ。でも、今度こそ休むぞ! こんなに不調じゃ仕事の効率も悪いし、元気になって頑張ればいいものね!(って、リキむなってば)
さて、難病で苦しんだSさんがたどり着いたのは、やはり自然療法のMTSという療法だ。これもカイロプラクティックを原点とした療法で、神経の伝達機能が阻害された結果が病気を生むという理論で、その機能を高める治療である。治療も短時間で無痛だと言う。主宰のU先生に診てもらいたいという患者は引きも切らず、予約もびっしり、さらにU先生は高齢ということもあって新規の患者は診ないというところを、Sさんが私の為に頼み込んでくれ予約を取ってくれた。有り難いことだ。1回目の治療後から歩幅が大きくなったような気がする。「筋肉があるから心配ない。脳からの神経伝達さえ治せばいくらでも歩ける。」とのことで、心から安心した。柔和な笑顔のU先生から「大丈夫」と言ってもらっただけで、元気が出る。施術者の人間性と患者との相性は大切だ。週1回、連続3回は続けた方が良く、私程度の症状だと後は時々で良いだろうということ。楽しみだ。
病院へ行ってないので繊維筋痛症と特定された訳ではないが、こういった種類の病気にはストレス軽減と共に筋肉を動かすリハビリが重要だと言う。思えば昨秋から足の衰えを感じ、運動不足とばかり思い、ラジオ体操を始めた。やっていなかったらどうなってしまっただろうと思う。身体を守ろうという潜在意識が働いたのだろう。ラジオ体操を始めてそろそろ半年だ。とにかく続けてみよう。
2018年3月12日
2018年3月2日
169 運動再開 / ラジオ体操にヨガ
そろそろ本気で身体を動かさなければいけないと思っていた。
街を歩くと、道路に写る影法師やビルのガラスの街鏡に、ヨタヨタとした情けない我が姿が映る。身体の衰えを自覚せざるを得ない。運動の必要性を実感していたのだ。
年齢もあり、以前のようにスポーツクラブへ行って激しい運動をする気はない私に周りがこぞって勧めたのが、C....Sとかいう高齢女性向けの、格安で月に何度でも行けて、適度な運動をするクラブだった。妹二人、叔母もそれぞれ長野県のクラブに通っていて効果の程を熱心に話す。友人の母親(90歳過ぎ)も、私にどうかと勧める。それではと住まいの近くを捜すと西早稲田と初台にあったので、乗換え無しで行ける西早稲田へ下見に出かけた。
スーパーマーケットの上にあるそのクラブには、お年頃のお姉さまたちが沢山集まって楽しそうに体を動かしている。スタッフの女性たちはお客さんを「何々子さん」とか「ナニナニエさん」とかファーストネームで呼ぶ。ロッカーも無く、代わりに荷物置きとしてカラーボックスが幾つか並べられている。お客さんへのお知らせは画用紙にカラーペンや色紙を使って貼り出している。何処かで見た光景だ。そう、母が入っている特養なのだ。私は、シャワーが無い理由や、ファーストネームで呼ぶ理由を聞いたりして、もうすっかり意気消沈して、その(老人ホーム)クラブを後にした。
帰路つらつら考えながら、商売上手だなあと感心しきりだった。これから高齢女性は増えるし、ターゲットにしたのはまず正解だ。会員もスタッフも女性だけなのも高齢女性の心理をついている。クズレ気味の身体に汗かきかき、イケメンにコーチされたくないものね。会場も、青山とか渋谷のお洒落な場所に無いのが気楽。(西早稲田や初台の人ごめんなさい!)設備投資も少なくて済む。店舗は地方に多く、何百という日本一の数を誇るのも頷ける。
ここで色々言ったところで、「お前もそういう歳だろう!」と言われるのが関の山だ。でも、楽しみに通えないような所には行きたくないのだ。
そうこうする内に、昨年の秋、アコーディオニストの後藤ミホコさんから良い話を聞いて、ラジオ体操を始めた。10キロ以上の重い楽器を弾きこなすミホコさんの身体はほっそりしながらしなやかで、ずっと何年も体形も変わらず、食べることが好きなので我慢せずぱくぱくと気持ちよく食べる健啖家でもある。代謝の良い身体とはこういうことかと目の当たりにしている。以前から感心していたのだが、やはりそういう人は身体に気をつけていて、努力をしていたのだ。かといって激しい運動をする訳でもなく、やっているのは毎日のラジオ体操と週一のヨガだという。ラジオ体操を始めたきっかけは、彼女のラジオ番組のスポンサーでもあり関西での親しい交友関係にある、大阪の腰痛館というクリニックのヒロ先生の勧めだったそうだ。
「一日に3分ぐらい時間を取れないはずはない」「まず三ケ月やれば何かが変わる」とヒロ先生はおっしゃったそうだ。改めてそう聞くまで、ラジオ体操を大層なもののような気がして重い腰を上げられなかった私も早速始めたのだった。10月だったので、三ケ月やれば丁度年末だし区切りもも良いなと、ヒロ先生のこの二つの言葉をおまじないにしてやってみた。旅行中も続けられたし、休んだのは3日もなかったろうか…
そして、年明けて二ヶ月続けて3月に入った。今月末で半年間続けたことになる。半年!これを同じ時間続ければ、1年だ。時の過ぎるのは早く、過ぎてしまった半年や一年を振り返る時、もう…、とネガティヴな気持ちになりがちだが、何か具体的な行動の毎日の積み重ねの結果だと思うと、その時間の長さに充足を覚えることに気がついたのだった。もう30年もラジオ体操を続けているんですよ、なんて自慢になるよね。(そんなに生きる気か!?)
もう一つ、やりたかったヨガだが、近所に良い教室が見つかった。千駄ヶ谷の緑の中のひっそり隠れ家的一軒家で少人数制だ。シニアミドルコースがあり、そのゆるゆる加減が今の私向きでもある。ヨガも幅広く、行者みたいな人もいるが、私が以前やっていたヨガはストレッチスポーツ系に近かった。この教室はインド系で内面、内部に向かうタイプで、細かい神経が目覚める感覚が気持ち良い。
ヨガもいずれルーティンになれば良いなあと思っている。そうなった時に、積み重ね、過ぎた時間が愛おしく思えれば尚のこと幸福だ。
街を歩くと、道路に写る影法師やビルのガラスの街鏡に、ヨタヨタとした情けない我が姿が映る。身体の衰えを自覚せざるを得ない。運動の必要性を実感していたのだ。
年齢もあり、以前のようにスポーツクラブへ行って激しい運動をする気はない私に周りがこぞって勧めたのが、C....Sとかいう高齢女性向けの、格安で月に何度でも行けて、適度な運動をするクラブだった。妹二人、叔母もそれぞれ長野県のクラブに通っていて効果の程を熱心に話す。友人の母親(90歳過ぎ)も、私にどうかと勧める。それではと住まいの近くを捜すと西早稲田と初台にあったので、乗換え無しで行ける西早稲田へ下見に出かけた。
スーパーマーケットの上にあるそのクラブには、お年頃のお姉さまたちが沢山集まって楽しそうに体を動かしている。スタッフの女性たちはお客さんを「何々子さん」とか「ナニナニエさん」とかファーストネームで呼ぶ。ロッカーも無く、代わりに荷物置きとしてカラーボックスが幾つか並べられている。お客さんへのお知らせは画用紙にカラーペンや色紙を使って貼り出している。何処かで見た光景だ。そう、母が入っている特養なのだ。私は、シャワーが無い理由や、ファーストネームで呼ぶ理由を聞いたりして、もうすっかり意気消沈して、その(老人ホーム)クラブを後にした。
帰路つらつら考えながら、商売上手だなあと感心しきりだった。これから高齢女性は増えるし、ターゲットにしたのはまず正解だ。会員もスタッフも女性だけなのも高齢女性の心理をついている。クズレ気味の身体に汗かきかき、イケメンにコーチされたくないものね。会場も、青山とか渋谷のお洒落な場所に無いのが気楽。(西早稲田や初台の人ごめんなさい!)設備投資も少なくて済む。店舗は地方に多く、何百という日本一の数を誇るのも頷ける。
ここで色々言ったところで、「お前もそういう歳だろう!」と言われるのが関の山だ。でも、楽しみに通えないような所には行きたくないのだ。
そうこうする内に、昨年の秋、アコーディオニストの後藤ミホコさんから良い話を聞いて、ラジオ体操を始めた。10キロ以上の重い楽器を弾きこなすミホコさんの身体はほっそりしながらしなやかで、ずっと何年も体形も変わらず、食べることが好きなので我慢せずぱくぱくと気持ちよく食べる健啖家でもある。代謝の良い身体とはこういうことかと目の当たりにしている。以前から感心していたのだが、やはりそういう人は身体に気をつけていて、努力をしていたのだ。かといって激しい運動をする訳でもなく、やっているのは毎日のラジオ体操と週一のヨガだという。ラジオ体操を始めたきっかけは、彼女のラジオ番組のスポンサーでもあり関西での親しい交友関係にある、大阪の腰痛館というクリニックのヒロ先生の勧めだったそうだ。
「一日に3分ぐらい時間を取れないはずはない」「まず三ケ月やれば何かが変わる」とヒロ先生はおっしゃったそうだ。改めてそう聞くまで、ラジオ体操を大層なもののような気がして重い腰を上げられなかった私も早速始めたのだった。10月だったので、三ケ月やれば丁度年末だし区切りもも良いなと、ヒロ先生のこの二つの言葉をおまじないにしてやってみた。旅行中も続けられたし、休んだのは3日もなかったろうか…
そして、年明けて二ヶ月続けて3月に入った。今月末で半年間続けたことになる。半年!これを同じ時間続ければ、1年だ。時の過ぎるのは早く、過ぎてしまった半年や一年を振り返る時、もう…、とネガティヴな気持ちになりがちだが、何か具体的な行動の毎日の積み重ねの結果だと思うと、その時間の長さに充足を覚えることに気がついたのだった。もう30年もラジオ体操を続けているんですよ、なんて自慢になるよね。(そんなに生きる気か!?)
もう一つ、やりたかったヨガだが、近所に良い教室が見つかった。千駄ヶ谷の緑の中のひっそり隠れ家的一軒家で少人数制だ。シニアミドルコースがあり、そのゆるゆる加減が今の私向きでもある。ヨガも幅広く、行者みたいな人もいるが、私が以前やっていたヨガはストレッチスポーツ系に近かった。この教室はインド系で内面、内部に向かうタイプで、細かい神経が目覚める感覚が気持ち良い。
ヨガもいずれルーティンになれば良いなあと思っている。そうなった時に、積み重ね、過ぎた時間が愛おしく思えれば尚のこと幸福だ。
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