2017年8月5日

148 さらば青春

ジャンヌ・モローが亡くなったことを嘆いている私に、サム・シェパードも亡くなってしまったことを知らせてくれた友人のSが「さらば青春、という感じよね」と言う。彼女はかつて映像の勉強をしていたので、時代的にもヌーベルバーグの影響を少なからず受けており、若い頃彼女と、マル、トリフォー、ブニュエル等、熱く語ったのを思い出す。『死刑台のエレベーター』はマイルスディビスのトランペットも素晴らしく、『マドモアゼル』『小間使いの日記』等々、ジャンヌ・モローには斬新で衝撃的な作品が多かった。『突然炎のごとく』は忘れられない作品だ。かつての女優は正統派の美人でなければならなかったが、彼女はそういう枠組みから離れて個性を発揮した女優のはしりのような人だろう。顔が整っていなくともとても魅力があった。口がへの字に曲がっているのも却って色っぽくアンニュイだった。その口元の表情に自分を持っている人の意志の強さも出ていた。
歳を取ってからの作品『海を渡るジャンヌ』も好きな作品だ。ハリウッド女優のように顔を引っ張り上げたりしなかった彼女は「皺の2、3本が増えたからってそれが何?老いることで問題にすべきは心。心のあり様が表情に出るのだから」「生きることと自由が大好き」と日頃言っていた通り、『海を渡るジャンヌ』では皺も体形も隠さず、若い男を翻弄する堂々たる女詐欺師を演じていた。70歳近かっただろうか。かっこよかった!
サム・シェパードも実にかっこいい男だった。彼も正統派の美男子というタイプではないが、知的で野性的、孤独の影と包容力、相反する要素が共存し何とも魅力的だった。『女優フランシス』では、主人公を理解しどこまでも見守る懐の深い男を演じていて、「こんな恋人がいたらなあ!」と思ったものだった。それにしても感動的で胸が痛む作品だった。
彼には劇作家、脚本家としても幾つもの作品があるが、『パリテキサス』はヴィム・ベンダースを世に知らしめた作品でもあり、荒涼として孤独感漂うこのロードムービーは、忘れがたい作品だ。『天国の日々』『ライトスタッフ』の彼も素敵だった。時々、エンターティメント系の軽い(?)映画にも出ていたが、そんな中でも彼らしく存在感を示していた。
大好きな二人が亡くなってしまいとても悲しいが、映画という永続性のある素晴らしい文化のお蔭で、二人にはこれからもスクリーンの中で会えるのだ。
二人に感謝。心から冥福を祈ります。










2017年7月25日

147 さようなら日野原重明先生

日野原重明先生が105歳で他界された。先生が87歳の時に出会ったので約20年経った訳だが、ほとんどお姿が変わってないような気がする。先生は20年前の当時から知る人ぞ知る著名人ではあったが、その後、いわゆる「ブレイク」されたのには驚かされた。
私の所属する団体の前会長の母が自宅ターミナルの療養に入った時に、日野原先生が主治医として訪問治療にあたって下さったのだが、自ら家々を回って歩かれていたので「こんなに偉い方が…」と驚嘆したものだった。最期も自宅で看取って下さった。悲しみに沈む私たちに「舞台に関わるあなた達にとって、シェックスピアに馴染みがあると思うけど『終わり良ければ全て良し』ってあるでしょ」「そのように大変立派で良い最期でしたよ」と、慰めて下さったのが今でも鮮明に思い出される。
それがきっかけで娘である前会長とも親交が続き、会が主催する「子どものための日本文化教室」にも賛同され、年に一度、特別講師として子ども達に「いのちの授業」を授けて下さっていたのだ。
その後、その前会長が病に倒れ、やはり日野原先生に看取って頂いたのだが、沢山の患者を看たであろう先生にとっても、母娘して最期を見とどけたのは稀有であったに違いない。
最後にお会いしたのは5年前の春だったが、階段を登る先生に手を差しのべた私に「いや、結構」とおっしゃって、手摺りにこそ掴まっていたがトントンと軽い足取りだった。驚異的な100歳だった。
「110歳になった時に会いましょう!」がその時の約束だった。日野原先生だったらあり得ると思っていたが、望みは叶わなかった。先生はハイデッガーの「死は生のクライマックス」という言葉も時折引用されていた。人生を全うし、生き切った人、日野原先生そのものに重なる言葉だ。
日野原先生、ありがとうございました。



2017年7月15日

146 暑い夏! そしてサムイ夏!

仕事仲間達が今、ロシアとフィンランドに行っており、早速SNSに涼しげな映像があげられている。ロシア組の一人ギタリスト小沢あき君によるとやはり夜は涼しいと。フィンランド組のアコーディオニストの後藤ミホコさんによれば午前中は寒いくらいで上着をはおったとのこと。この猛暑の東京からするとその寒さが恋しい。
それにしても何という暑さだろう。33度34度があたり前のように続いている。今更ながらだが、もう日本の気候は完全に変わってしまった。夏が長くなりもう何年も春と秋が無い。「四季が育む日本人の感性」なんてものは養われようもないから、老若男女問わず皆繊細さが失われイライラとして世知辛くなってしまった。大きな災害も増えた。熱帯、亜熱帯に生息する毒虫も蠢き出した。気候の乱れは日本に限らず世界規模で起きており、これは地球温暖化の影響に他ならない。
対策が急がれるこの時期に、トランプ政権はパリ協定を離脱して、アメリカの良識人からも批判を浴びている。かと言って、日本も含めて他の国が目を見張る程の対策を立てているふうでも無い。災害が起きた時に泥縄式対処はするが、災害そのものが起きないようにする為の本質的問題には向き合っていないように見える。
そんな状況の中で更に失望感を味わうのは、この季節に電車に乗った時だ。異常に寒い!冷房のきかせ過ぎなのは明らかだ。先日も地下鉄に乗った時にあまりの寒さにショールをかけたが、隣の女性もカーディガンをはおっている。快適な温度なのであればまだしも、とにかく寒いのだ。この無駄遣いにいつも失望感と喪失感を覚える。そこへ追い打ちをかけるようなアナウンスが入る。「車内が涼しく感じる方は弱冷房車へお移り下さい」だと!「涼しく」感じるではなく「寒く」だろ!それに、なんという本末転倒だろう。乗客サービスのつもりかもしれないが、こう寒くてはちっともサービスになっていないではないか。電車といえば毎日何百万人と利用する機関だ。その大規模な機関が、過剰な冷房を止めて快適な温度にするだけでもどのくらいの節電になることだろう。
ああ、またサムイ季節がやって来たなあという所以である。
今日のロシア・ウランウデ





2017年7月5日

145 第23回能楽座自主公演

能楽座自主公演のDM、1200通余りを発送する。
いつも2日はかかるが、優秀なスタッフの頑張りで、1日で出せた!
能楽座の座員には重鎮も多く、近頃は亡くなる方もあり追悼公演が続いたが、今年は久しぶりに追悼ではない公演だ。沢山のお客様が来て下さいますように!



2017年6月25日

144 天才棋士の勝負メシ

14才の天才棋士、藤井聡太君がとうとう連勝記録トップタイの偉業を成し遂げた。いよいよ明日は単独トップの記録更新をかけた試合だ。暗いニュースばかりの中、こういった話題は心浮き立ち楽しい。
中学生とは思えない彼の言葉使いも話題になった。「僥倖」「望外」「醍醐味」等々、それが彼の口から出ると不自然ではない。大変な読書家ということだが、将棋界という日本文化の世界ではそういった日本語も違和感なく使われるのだろうか。「チョー何とか!」なんて絶対言わないし、受け答えも思慮深い。ちょっとタレ目で親しみが持てる風貌だから、ただ堅苦しい優等生という雰囲気でもないところが感じ良い。
記録をかけた明日の試合は、東京の将棋会館で行われる。この将棋会館というのが、我々の事務所に近いものだから、彼が出前を取る店も共通していて「私達と同じよね!」と、にわかに色めき立った。ここがまったく凡人たる所以である。
天才少年の影響で出前が殺到し、いつもすぐ来るお蕎麦屋も何十分待ち、お店も大混雑だそうだ。もう一つの中華屋も藤井君メニューを値引きサービスしていて、早速取ったりしているミーハーの私だ。

「みろく庵」の味噌煮込みうどん








「紫金飯店」の五目焼きそば

2017年6月15日

143 やっぱりスティングは最高!

武道館で行われたスティングのコンサートに行く。6年ぶりだそうだ。その時行った姪と今回も一緒だ。コンサートから一週間経つがまだ感動が鮮やかに残っている。
最新アルバムの“57th &9th”の世界観そのもののロック感に満ちたステージだった。確かな演奏と、研ぎ澄まされたサウンド、派手な演出もなく巧みな構成で硬質なロックっぽいステージであった。ジャズやクラシックなどに傾倒した趣向の時のスティングも素敵だったが、ロックミュージシャンとして素のスティングが清々しい。声も体力もまったく衰えていない。新曲ばかりではなく、代表曲も何曲もやってくれて、舞台も客席もどんどん盛り上がる。見事だ!スティング!
名曲と名演奏でエネルギッシュに駆け抜けたステージだったが、アンコールではアコースティックギターに持ち替えて名曲中の名曲“Fragile”でしっとりと閉めた。座席が東側サイドだったので、全てを終えて舞台袖に静かに退場するスティングの後姿が目に焼き付いている。
そんなかっこいいスティングだが、彼も人の子(人の親と言うべきか)、親バカチャンリンの一面を見せた。息子のJoeを紹介し、“my son!”と3、4回は呼んだかな。前座で何曲も歌わせた。JoeはスティングのDNAを感じさせるところもあり悪くはないが、良くもない。とにかく魅力がない。42才というが、65才の父親スティングよりオジサンぽい。42才といえばスティングが一番かっこよかった年頃だ。Joeは「ニホンジン、ヤサシイ」と言う。当たり前だ!オメエの歌を文句も言わず静かに聞いているのは日本人くらいだ!そんな気持ちで彼の歌を聞いていた私はイライラしてもう少しで爆発しそうだった。隣の席の姪は「おばちゃんがいつ怒り出すかひやひやしてた」と休憩の時に言う。後が良ければいいさ。休憩後の本番の素晴らしいノンストップパフォーマンスで、そんなものは払拭された。むしろ、バックコーラスのJoeは上手いし感じも良かった。
今6月だが、今年一番のステージだ!と言い切る音楽家もいるくらいだから、一生の中でも上位に入るステージになるに違いない。それに立ち会えたのは、それこそ僥倖であるというべきだろう。










規制しようが無いらしく、今やスマホ撮影は許可されているのだ!姪に撮らせた。

2017年6月5日

142 もうすぐStingのコンサートだ!

昨日6月4日は待ちに待った完全OFF日だった。5月14日以来だ。殊にこの2週間は夜のお座敷(付き合いの芝居やコンサート、勿論飲み会も) がびっしり入っており、数日前から休みが待ち遠しかった。休みを心待ちするなんてかつてはあまり無かったことだ。こんな時は心から年取ったなあと思う。
何時までも心ゆくまで眠ろうと思うが、悲しいかな7時前にはいつものように目が覚める。こんなことも若い頃は無かったものだ。つくづく年取ったと思う。だが、前夜はバッタンキューでかなり熟睡したのでそんなに疲労感は無い。せっかくの(?)休みだ。午前中はベッドの上でグダグダする。昼食には勿論、ビールをグッとやる。そして昼寝をしたりまたグダグダ…これが私にとっては休みらしい休みであり、ちっとも建設的では無いが、テキパキと何かをやったりするのは仕事日で充分だ。
そして、グダグダしながら一日中Stingを手当たり次第聴く。いよいよ明後日はStingの来日公演だ。何年振りだろうか。楽しみで仕方ない!以前にも書いたことがあるが、Stingにあやかってこのブログの表題「ラストシップ」をつけたくらい大好きなミュージシャンなのだ。
The  Soul  Cages”やThe Last Ship”など、叙事詩的な文学作品とも思えるアルバムを聞いていると彼が哲学者のようにも見えてくる。人生と向き合うStingの中心的テーマは、いつも「自己発見」だ。風貌も知的で繊細だし、これからどうなっちゃうのって感じだが、それらの作品を越えて作った最近の“57th & 9th”は、ポリス時代を彷彿させるものがありロック魂は健在だ。全体的にどのアルバムにも散りばめられている物悲しい楽曲はStingならではだし、かっこいい!の一言に尽きる。同世代としていつまでも活躍して欲しいと切に願う。