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春が来た! 桜が咲いた!
2017年4月5日
2017年3月26日
135 おめでとう佐々木譲さん / 日本ミステリー文学大賞受賞
作家の佐々木譲さんが日本ミステリー文学大賞を受賞し、帝国ホテルで行われた祝賀パーティに仲間と共にわいわいとお祝いに駆けつけた。
譲さんとは、共に寅年の演出家の高橋征男、舞台監督の島洋三郎、制作の私とで「グループ虎」という演劇ユニットを組んでおり、譲さん原作の演劇を上演してきた仲である。初演は20年ほど前になるが、「新宿のありふれた夜」だった。これはもう何回も再演している名作で、「我撃つ用意あり」という題名で若松孝二監督が原田芳雄主演で映画化している。混沌としたディープな街新宿を舞台とした、路地裏の小さな飲み屋の学生運動くずれの中年の店主とベトナム難民の少女の物語である。
最近は譲さん原作のサスペンスドラマも放送されることが多くなったが、初期の頃の冒険小説の世界は壮大で、簡単に舞台化、映像化出来るような物ではなかった。男性ファンが多かったのもその頃だろう。その後、歴史、警察、法廷小説とジャンルを広げてきて、それぞれが譲さんらしく掘り下げた視点で描かれている。
何年か前に直木賞も受賞しており堂々のベテランであるといえるのに、ご本人は以前と変わらずいつも謙虚だ。受賞スピーチも「例によってあがってしまった」との弁だが、慣れきってしまうことがない生真面目な人柄だ。破天荒な作家ばかりを見てきた私は、そういう佇まいの譲さんがどうやって小説を書くのかとても興味があり、ある日稽古帰りの電車の中でたまたま二人きりになった時に思い切って聞いた。
それはどこからか降りてくるのだそうだ。何者とも呼べないものに書かされるのだと。それは大抵夜中だということだった。それを聞いて私は、「やっぱり作家なんだなあ」と感心したことを思い出す。
譲さんとは、共に寅年の演出家の高橋征男、舞台監督の島洋三郎、制作の私とで「グループ虎」という演劇ユニットを組んでおり、譲さん原作の演劇を上演してきた仲である。初演は20年ほど前になるが、「新宿のありふれた夜」だった。これはもう何回も再演している名作で、「我撃つ用意あり」という題名で若松孝二監督が原田芳雄主演で映画化している。混沌としたディープな街新宿を舞台とした、路地裏の小さな飲み屋の学生運動くずれの中年の店主とベトナム難民の少女の物語である。
最近は譲さん原作のサスペンスドラマも放送されることが多くなったが、初期の頃の冒険小説の世界は壮大で、簡単に舞台化、映像化出来るような物ではなかった。男性ファンが多かったのもその頃だろう。その後、歴史、警察、法廷小説とジャンルを広げてきて、それぞれが譲さんらしく掘り下げた視点で描かれている。
何年か前に直木賞も受賞しており堂々のベテランであるといえるのに、ご本人は以前と変わらずいつも謙虚だ。受賞スピーチも「例によってあがってしまった」との弁だが、慣れきってしまうことがない生真面目な人柄だ。破天荒な作家ばかりを見てきた私は、そういう佇まいの譲さんがどうやって小説を書くのかとても興味があり、ある日稽古帰りの電車の中でたまたま二人きりになった時に思い切って聞いた。
それはどこからか降りてくるのだそうだ。何者とも呼べないものに書かされるのだと。それは大抵夜中だということだった。それを聞いて私は、「やっぱり作家なんだなあ」と感心したことを思い出す。
2017年3月15日
2017年3月6日
133 平日に休む楽しみ
業界的に土日祝日は仕事のことも多く、もういい歳なんだし、平日に休日を作りたいと常々思っていた。水木と休めたら理想的だ。昨年身体の調子をくずした時から周りのスタッフにもブツブツと言っており、そろそろ浸透した頃でもあり、いよいよ決行だと先月は意気込んで休んだものの一回で頓挫した。スタッフにも笑われるばかりだ。木曜日に出勤してくれるKさんは安心して任せられるようになったことでもあるし、今月に入ってから、せめて木曜日だけでもと頑張って(笑)休んだ。
意気込んだり、頑張らないと休めない程の、私はワーカーホリックであったとも言えるだろう。私が休んだからといって誰もそう困ることはないはずなのに…
これからは木曜日の休みには自分の身体と心が喜ぶことをしようと思う。この間はまず歯の治療を再開し、仙骨の調整に行って、ゆっくりとランチを食べた。
そして午後は映画を観に行く。以前は忙しくても年に5、60本は観ていたものだがとんと減ってしまった。久しぶりの映画は軽く明るい物がいいなあと「ラ・ラ・ランド」にする。予告で流れているメイン曲も踊り出したくなるような楽しさだし、タイトルからして歌うように軽やかではないか!今年の賞レースで話題なので、噂の垢がつかない内にさっさと観ておこうとも思う。売れないジャズピアニストと女優の卵の恋物語という魅力的な話にも惹かれる。チャゼル監督は少し前に「セッション」で注目を浴びて作品もそれなりに面白かったが、鬼教官が何故このような鬼にならざるを得なかったかの説明が足りず、主人公の若い俳優に魅力がなく、少し物足りなかった。「ラ・ラ・ランド」の二人、エマ・ストーンとライアン・ゴズリングは決して美男美女ではないが、とてもチャーミングだ。ネタバレになってしまうといけないので、あまりここには書けないが、単純なハッピーエンドでないのが良い。どんでん返しかと見せるラストシーンの演出に異論を唱える人もいるだろうが、何もかも受け入れたセバスチャン(ゴズリング)の笑顔で終わるラストに胸がいっぱいになる。
この映画の何よりも素敵なところは、映画とジャズへのオマージュに溢れているところだ。映画を観ていればいるほど、ジャズが好きであればそれなりに、科白や背景の小道具にニヤッとさせられることだろう。私も好きで持っているビル・エヴァンスのLPジャケットなんかが出てきた時はニンマリだった。映像、音楽がとても良いので映画館で観たい映画の一つに違いない。
平日に休むことのメリットは、どこへ行っても比較的空いていること。ゆったり過ごして気持良く終えた休日の翌日は多少のことでは動じない。スタッフにも優しく出来る(かな?)。皆の為にもなるのだ。これからは絶対休むぞ!
って、リキむなってば。

意気込んだり、頑張らないと休めない程の、私はワーカーホリックであったとも言えるだろう。私が休んだからといって誰もそう困ることはないはずなのに…
これからは木曜日の休みには自分の身体と心が喜ぶことをしようと思う。この間はまず歯の治療を再開し、仙骨の調整に行って、ゆっくりとランチを食べた。
そして午後は映画を観に行く。以前は忙しくても年に5、60本は観ていたものだがとんと減ってしまった。久しぶりの映画は軽く明るい物がいいなあと「ラ・ラ・ランド」にする。予告で流れているメイン曲も踊り出したくなるような楽しさだし、タイトルからして歌うように軽やかではないか!今年の賞レースで話題なので、噂の垢がつかない内にさっさと観ておこうとも思う。売れないジャズピアニストと女優の卵の恋物語という魅力的な話にも惹かれる。チャゼル監督は少し前に「セッション」で注目を浴びて作品もそれなりに面白かったが、鬼教官が何故このような鬼にならざるを得なかったかの説明が足りず、主人公の若い俳優に魅力がなく、少し物足りなかった。「ラ・ラ・ランド」の二人、エマ・ストーンとライアン・ゴズリングは決して美男美女ではないが、とてもチャーミングだ。ネタバレになってしまうといけないので、あまりここには書けないが、単純なハッピーエンドでないのが良い。どんでん返しかと見せるラストシーンの演出に異論を唱える人もいるだろうが、何もかも受け入れたセバスチャン(ゴズリング)の笑顔で終わるラストに胸がいっぱいになる。
この映画の何よりも素敵なところは、映画とジャズへのオマージュに溢れているところだ。映画を観ていればいるほど、ジャズが好きであればそれなりに、科白や背景の小道具にニヤッとさせられることだろう。私も好きで持っているビル・エヴァンスのLPジャケットなんかが出てきた時はニンマリだった。映像、音楽がとても良いので映画館で観たい映画の一つに違いない。
平日に休むことのメリットは、どこへ行っても比較的空いていること。ゆったり過ごして気持良く終えた休日の翌日は多少のことでは動じない。スタッフにも優しく出来る(かな?)。皆の為にもなるのだ。これからは絶対休むぞ!
って、リキむなってば。

2017年2月24日
132 二代目イヤシ部長就任
今日から「プレミアムフライデー」が始まり、マスコミも盛んに取り上げていた。働き方改革、消費増大を狙って経済産業省が提唱し官民一体となって推し進めているらしい。過剰労働を避けつつ、早く終わるなり休みになった金曜日にどこかで出かけてお金を落とすという算段のようである。このプレミアムフライデーで空いた時間に何か舞台や映画でも観ようか、旅行にでも行こうか、買い物でもしようか…、そういうコトにお金を使ってもらうんだとお上は言うだのだろうが、それ程単純なことでは無いような気がする。場当たり的だと思うのは私だけだろうか。
我々のようなアート、エンターティメント関係の仕事は人が休みの時に催しを開くので、サービスを提供する側ということになるだろうか。しかし、少なくとも私の回りではこのフライデーの盛り上がりは一つとしてない。劇場にお客さまを呼ぶ際に「時間が余ったら」という誘いの言葉はないからだ。人を呼ぶには面白いと思うことをやるしかないのである。
働き方改革といえば、事務局に新しいスタッフが来てくれることになったが、このHさんは1歳8ヶ月の男児付きである。このところ子連れ通勤者が続いている。殊更に子連れ通勤を推進している訳ではないが、こちらの条件がこの業界の仕事の経験者で週2、3回位来てくれる人で、このくらいの時給でというのに合致するのは、こういった小さい子を持つ母親くらいになってしまうのかもしれない。まだ常勤では働けないが、少しづつ働き始めたいという希望がある年齢でもある。
先日まで来てくれていたイヤシ部長のサツキちゃんが来なくなって、スタッフが「サツキちゃんロス」に陥っていたところにこのチビちゃんシュン君がまた皆の心を和ましてくれることになった。早速二代目イヤシ部長に任命された。
事務局で会議など重要な事がある時はシュン君を置いてきてもらわなくてはいけないが、幸いなことに近くに実家がありHさんのお母さんに預かってもらえるとのことであり安心だ。保育所付きの大企業からは鼻で笑われるような改革だろうが、働き方改革はこういった形でも出来るのだ。
我々のようなアート、エンターティメント関係の仕事は人が休みの時に催しを開くので、サービスを提供する側ということになるだろうか。しかし、少なくとも私の回りではこのフライデーの盛り上がりは一つとしてない。劇場にお客さまを呼ぶ際に「時間が余ったら」という誘いの言葉はないからだ。人を呼ぶには面白いと思うことをやるしかないのである。
働き方改革といえば、事務局に新しいスタッフが来てくれることになったが、このHさんは1歳8ヶ月の男児付きである。このところ子連れ通勤者が続いている。殊更に子連れ通勤を推進している訳ではないが、こちらの条件がこの業界の仕事の経験者で週2、3回位来てくれる人で、このくらいの時給でというのに合致するのは、こういった小さい子を持つ母親くらいになってしまうのかもしれない。まだ常勤では働けないが、少しづつ働き始めたいという希望がある年齢でもある。
先日まで来てくれていたイヤシ部長のサツキちゃんが来なくなって、スタッフが「サツキちゃんロス」に陥っていたところにこのチビちゃんシュン君がまた皆の心を和ましてくれることになった。早速二代目イヤシ部長に任命された。
事務局で会議など重要な事がある時はシュン君を置いてきてもらわなくてはいけないが、幸いなことに近くに実家がありHさんのお母さんに預かってもらえるとのことであり安心だ。保育所付きの大企業からは鼻で笑われるような改革だろうが、働き方改革はこういった形でも出来るのだ。
2017年2月15日
131 イヤシ部長地方栄転
職場のイヤシ部長として週1、2回、2年間程頑張ってくれた又姪のサツキちゃんが、父親(私の義理の甥)の帰郷に伴って東京を離れることになった。
この義理の甥のケンちゃんは一流国立大学大学院の建築科を出て、都市開発事業に力を入れている一大企業のMビルに就職、多くの高層ビルの中でも一際異彩を放っている六本木ヒルズの中のオフィスに勤務していた。拡大、拡大で来た日本の不動産業界の代表格のMビルの役目はそろそろ終わりだろうと私は思っている。ケンちゃんも「Mビルはもう大きい物しか造れないでしょうね」と言う。真新しい高層ビルばかりでは街の魅力は損なわれ、古い物が残っている街に人は惹かれ始めている。故郷の浜松で再スタートするというケンちゃんの決意を聞いてとても共感した。
これからは地方創生の時代だ。感性が豊かな人ほど既に地方に着目している。ケンちゃんには建築家としての経験と知識を大いに活用して、地元を活気付け、地方と都会の新しい関係作りに力を入れて欲しいものだ。私は、子どもがまだ小さい若い家族には東京の環境はあまり良くないと常々思っていた。第二子が7月に生まれる予定の若い夫婦にとって、地方に移るのは丁度良い時期でもあろう。
サツキちゃんとはゼロ歳児から2歳ちょっとまで、日々目覚しく成長する一番可愛い時期に共に時間を過ごすことが出来て実に幸福だった。所詮幼児なので、ぐずったり泣いたりしていよいよ駄目な時は早く帰すことにしていたが、帰したのは3、4回だった。立派な勤務ぶりであった。実際に仕事をしたのはあなたの「オカアシャン」だけど、サツキちゃんは職場のスタッフの皆を笑わせ、元気にし、癒してくれるという任務を充分に果たした。ご苦労さま、ありがとう。
最近は2歳児の反抗期の冷たい態度をとって私を悲しませていたが、別れが分かるのか、最後に抱き上げたら彼女の方からギュッと抱きしめてくれ、ほっぺもスリスリしてくれた。もう私は泣くしかない。
この義理の甥のケンちゃんは一流国立大学大学院の建築科を出て、都市開発事業に力を入れている一大企業のMビルに就職、多くの高層ビルの中でも一際異彩を放っている六本木ヒルズの中のオフィスに勤務していた。拡大、拡大で来た日本の不動産業界の代表格のMビルの役目はそろそろ終わりだろうと私は思っている。ケンちゃんも「Mビルはもう大きい物しか造れないでしょうね」と言う。真新しい高層ビルばかりでは街の魅力は損なわれ、古い物が残っている街に人は惹かれ始めている。故郷の浜松で再スタートするというケンちゃんの決意を聞いてとても共感した。
これからは地方創生の時代だ。感性が豊かな人ほど既に地方に着目している。ケンちゃんには建築家としての経験と知識を大いに活用して、地元を活気付け、地方と都会の新しい関係作りに力を入れて欲しいものだ。私は、子どもがまだ小さい若い家族には東京の環境はあまり良くないと常々思っていた。第二子が7月に生まれる予定の若い夫婦にとって、地方に移るのは丁度良い時期でもあろう。
サツキちゃんとはゼロ歳児から2歳ちょっとまで、日々目覚しく成長する一番可愛い時期に共に時間を過ごすことが出来て実に幸福だった。所詮幼児なので、ぐずったり泣いたりしていよいよ駄目な時は早く帰すことにしていたが、帰したのは3、4回だった。立派な勤務ぶりであった。実際に仕事をしたのはあなたの「オカアシャン」だけど、サツキちゃんは職場のスタッフの皆を笑わせ、元気にし、癒してくれるという任務を充分に果たした。ご苦労さま、ありがとう。
最近は2歳児の反抗期の冷たい態度をとって私を悲しませていたが、別れが分かるのか、最後に抱き上げたら彼女の方からギュッと抱きしめてくれ、ほっぺもスリスリしてくれた。もう私は泣くしかない。
2017年2月5日
130 余寒見舞い
とうとう年賀状を出し損ねてしまった。
寒中見舞いさえ日が過ぎた。年賀状を早々とお送り下さった方、失礼しました。
こんな時が来るとは思っていた。元々、社交辞令というか虚礼を好まないので年賀状のつき合いは止めていた時期がある。その内そうもいかなくなって人並に年賀状を出したりもらったりするようになり、何年か経った。出すのを厭う割には受け取ってみると嬉しくもあり、中には工夫された楽しい物もあり、新年から心和ませてもらったものだ。
一昨年だったろうか、友人のSさんから年賀状交換の取りやめの宣言があり、自由に生きる彼らしくもあり、その潔さに感嘆した。わざわざ言わなくても良いのにと思う人もいるだろうが、これは残りの人生を人付き合いに煩わされずに、より自由に大切に生きようという宣言でもあり、年賀状はその象徴に過ぎない。
私にはまだそんな勇気はない。せめて、年賀状を下さった方々には余寒見舞いを出そうと思う。
寒中見舞いさえ日が過ぎた。年賀状を早々とお送り下さった方、失礼しました。
こんな時が来るとは思っていた。元々、社交辞令というか虚礼を好まないので年賀状のつき合いは止めていた時期がある。その内そうもいかなくなって人並に年賀状を出したりもらったりするようになり、何年か経った。出すのを厭う割には受け取ってみると嬉しくもあり、中には工夫された楽しい物もあり、新年から心和ませてもらったものだ。
一昨年だったろうか、友人のSさんから年賀状交換の取りやめの宣言があり、自由に生きる彼らしくもあり、その潔さに感嘆した。わざわざ言わなくても良いのにと思う人もいるだろうが、これは残りの人生を人付き合いに煩わされずに、より自由に大切に生きようという宣言でもあり、年賀状はその象徴に過ぎない。
私にはまだそんな勇気はない。せめて、年賀状を下さった方々には余寒見舞いを出そうと思う。
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