2017年2月5日

130 余寒見舞い

とうとう年賀状を出し損ねてしまった。
寒中見舞いさえ日が過ぎた。年賀状を早々とお送り下さった方、失礼しました。
こんな時が来るとは思っていた。元々、社交辞令というか虚礼を好まないので年賀状のつき合いは止めていた時期がある。その内そうもいかなくなって人並に年賀状を出したりもらったりするようになり、何年か経った。出すのを厭う割には受け取ってみると嬉しくもあり、中には工夫された楽しい物もあり、新年から心和ませてもらったものだ。
一昨年だったろうか、友人のSさんから年賀状交換の取りやめの宣言があり、自由に生きる彼らしくもあり、その潔さに感嘆した。わざわざ言わなくても良いのにと思う人もいるだろうが、これは残りの人生を人付き合いに煩わされずに、より自由に大切に生きようという宣言でもあり、年賀状はその象徴に過ぎない。
私にはまだそんな勇気はない。せめて、年賀状を下さった方々には余寒見舞いを出そうと思う。






2017年1月25日

129 〇


寒い、サムイ! 熱燗、アツカン!

2017年1月15日

128 下着整理

今日は今年初めての完全OFF日、月に一度のグダグダ日にする。誰とも会わず話さず、グダグダのんびりする日が月に一日くらいは欲しい。生憎というか丁度というか、今日はとても寒くて外出には向かない天気だ。
そうこうしながら一つだけ片付けをしようと思い立つ。下着類だが、消耗品に近いので折に触れ少しずつ処分してきているから、すぐに出来るはずだとも思ったのだ。予想通り、自分の決めた基本数を揃えることが出来た。処分するのは12点あった。
元々、若い頃から締め付けの強い物は嫌いだった。ガードルなんて物は今まで数回穿いたかどうかで、30代中頃の身体の線が気になりだした頃、結婚式に招かれて着た薄いドレスの時は久しぶりにきつくないガードルを買って穿いたものだったが、せっかくの高級料理もゆったりと食べられずに途中で脱いでとうとうトイレのゴミ箱に捨ててきたくらいだ。ヒッピー文化などの影響で時代の空気もあって、若い頃はノーブラで過ごしたこともあった。時の経過と老化と重力の法則で他人様に見苦しい物を見せる訳にも行かなくなり、自分でも落ち着かず、ブラジャーは着けるようになったが、何よりも着け心地優先だった。そうこうする内にブラ付キャミソールという便利な物が出だし、ずぼらな私はすぐ飛びついた。ところが、若い子たちが行くような店の物は、ブラの位置が高くカップが厚く、どうもしっくりこない。ちょっとダサいデザインだが中高年向きのメーカーの物を試したら、何とも楽ちんではないか! とっくに中高年なんだからあたり前なんだけど…
若い頃は歳をとってもババ臭い下着だけは絶対身に着けたくはないと思っていたが、こうやって自覚させられるのだ。

ババ臭いと言えば、オバサン、オバアチャンの原宿と言われて久しい巣鴨には、健康増進、厄除けの為の「赤いバンツ」があるということは以前から知っていたが、勿論買うつもりなどこれっぽっちも無かった。ところがある日、もらってしまったのだ! 仕事のスタッフの I は本業は女優だが、まだまだ食べられず合間に私の手伝いをしてくれているのだが、舞台衣装であるモンペを買いに行った(巣鴨にはあるのだろうなあ)ついでに赤パンツを買って来たのだそうだ。彼女は私の事を「ボス」と呼ぶ。「ボス!腰を冷やさないで健康に気をつけて下さいね!厄除けにもなるんですよ!」
ウ~ン、男の厄なら欲しいくらいだってば。オバサン扱いされてガックリする私に、彼女は自分の分も買ってきたのだと慰めにもならないことを言う。彼女はほぼ20歳程私より年下なので、まだまだオバサンなどではない。その後彼女が言うには、彼女は舞台に立つ時は必ずこの巣鴨赤パンツを穿いているのだそうだ。まさにある意味「勝負パンツ」なのだ。舞台の彼女を観る度に「このモンペの下はあの赤パンツか」「このセクシーなドレスの下も赤パンツか」と、想像力がかき立てられる。赤パンツの効果か、舞台の上の彼女はいつもはち切れんばかりに元気だ。

今回残した物は、ブラジャーがいらないカップ付キャミソールを9枚、締め付けないショーツを18枚、きちんとした格好をする時のブラジャーを念の為に3枚、真冬用の発熱下着を3組。着心地が良くて便利で、コットンかシルクのオーガニックな物を厳選した。これで下着の整理は終わり。丁度、引き出し一杯に収まった。他のグッズと同じで、ワンアウト、ワンイン、一つ捨てたら一つ補充するだけだ。
ブログ用に写真を撮ったら、肌身に着けた物はどうも生々しいので、同じ物のカタログ写真を載せることにした。自分の着る下着の写真を撮るなんてことは滅多にはあるものではない。(巣鴨パンツは実物)(笑)





2017年1月5日

127 2017年正月

また新しい年が始まった。
何も始められないとしても、新しい年がやって来ると気持ちが改まって、何か出来そうにな気分になるのは嬉しい。
元旦は一人でのんびり過ごして、一年の計画、目標などに頭を巡らすのが恒例となった。大したことがない計画なのに何故かバタバタになってしまう毎日を今年こそ改善したいものである。
2日は、特養から母を連れ出し、実家で新年会をするのがこの数年続いたが、インフルエンザの流行を懸念した特養側が外出を禁止、面会も玄関脇でしか出来ないということなので、今年は諦めた。少し暖かくなったら会いに行こうと思う。母不在の実家には行く気にもならず、2日も夕方まで一人でゆっくりする。のんびりした正月もとても良いものだった。
翌3日は、やはり恒例の伊勢詣りなので、2日の夕方から名古屋経由で伊勢へ。年によって参拝時間が違うということで、昨年と同様に今年も早朝(夜中)3時に集合して外宮から内宮へと回る。まだ外は真っ暗で空気が澄み、空には星がまたたいている。外宮は私達一行のみで、内宮も人影は少なく、ゆったりとお詣りが出来た。実に清々しかった。年毎にお詣りが充実してきたような気がする。





2016年12月27日

126 そうだ!掃除をしよう!

片付けブームの一環として、掃除術のあれこれも雑誌、テレビで頻繁に取り扱われている。
今朝はいつも聞いているラジオでも話題にしていた。年末のことでもあろうが、そうだ!と私が思い立ったのは、今月の中頃からグズグズと続く風邪症状を省みた結果である。ずっと風邪っぽいのでずっとおざなりな掃除で済ましていたせいではないか…
今年の年頭に唾石症を患った時に立てた生活改善、健康回復策の一つに「掃除の徹底」があった。それらを実行する内に、自然には出ないであろうと言われていた石がポロッと出て確信を持ったのに、ずっと風邪っぽいのは掃除をおざなりにしていた結果のような気がする。掃除以外にも実行できていないことだらけだ。「休む」もそうだ。12月に入って、具合が悪くて予定をキャンセルして休まざるを得なくなった一昨日まで一日も休みが無かったのだ。休みは30日まではどうしようも無いので、今はとにかく掃除に励むしか無い。
世の中には掃除教とでも言いたくなるような宗教じみた熱烈な信者のような人が居て、例えば家族が入院した時に自分がやれるのは掃除だけなのでと、病室、自宅の隅々まで徹底掃除して家族は無事快癒した話とか、ビートたけしから広まったトイレ掃除の成功譚など、枚挙にいとまが無い。私としてはこういうことが広まり、世の中がきれいに清潔になるのは大いに結構な事だと思っている。
今朝の拭き掃除は、久々に気持ちよく出来た。気持ちが晴れると良いホルモンも出るし、身体も適度に動かすことで健康に良い影響がある等々、掃除の効力は科学的には説明が出来るのだろうが、こういったことは頭で考えずに無心でやった方が気持ちが良い。


2016年12月17日

125 長く通っている店 / 行かなくなった店

昨夜は長年の友2人と女子会例会(口の悪い人は霊界と言う)。
どんなに忙しくても季節に一回くらいは会って旬の美味しい物を食べようという例会であるが、今年も皆色々あって半年ぶりになってしまった。店はこれも30年以上の長いつき合いの「こうぼう」で、きめ細かい和風創作料理が美味しい。店主のコウゾウさんは元寿司屋らしくお魚の目利きで、必ずお刺身も出してくれる。つき合いが長いからこちらの好みも分かってくれていて、お任せ料理で楽しんでいる。昨夜はウニのヒラメ巻きがとても美味しかった。
コウゾウさん夫婦は私達と同世代だしプライベートも程々に分かっていて、入り込み過ぎないで良い感じの距離を保っている。友のルミちゃんとサカサイには私のみっともない所を散々見せているので今更気取っても仕方がない仲で、気楽である。気を使わないのでつい呑み過ぎてしまうこともあるが、多忙な日常の中で一息つく瞬間だ。
こんなに長くつき合っている店は他に2軒あるかなしかだ。店主も歳を取ったり亡くなったりで閉店した店も随分ある。
逆にこちらから行かなくなった店もある。せっかく美味しい日本酒を取り揃えているのに、店主が話に入り込み過ぎて友達と行ってもろくに話も出来ずに、うっとうしくて行かなくなった下北沢の居酒屋、オーソドックスな蕎麦屋らしいメニューが美味しくて結構通ったがお客の前で大声で夫婦喧嘩し、食器をガチャガチャ洗いデッキブラシでゴシゴシ床をこする恵比寿の蕎麦屋、美味しい紅茶を出すお茶の水の路地裏の喫茶店では、店主の女性がアルバイトの子をいつも叱っていて見苦しくて行くのを止めた。行く時は行くのに催促の電話をしてくる赤坂の九州料理の居酒屋…
どこも美味しい物を出すのに残念だ。店は、味だけではなく居心地良いことも重要だ。







2016年12月7日

124 「忠臣蔵」三昧

国立劇場50周年事業として「仮名手本忠臣蔵」の完全通し公演が、歌舞伎、文楽共に上演中である。完全通し上演は歌舞伎は54年ぶり、文楽は大阪の国立文楽劇場でもまだ試みたことが無いそうだ。このサイクルだと、今生ではもう観ることもないだろうと、10月から通っている。
昨日は文楽版の前半を観に行く。その気になれば後半も16時半から観られるのだが、10時間に及ぶ公演を観る体力に自信が無く、後半は後日に譲った。NYへ行く飛行機に乗ったつもりになって一気に観ようかとも一度は考えたが、飲んだり食べたり眠ったりの12、3時間と舞台鑑賞では大いに違う。今回の5時間でも最後は腰がきつかった。それにも拘わらず、10時間余りを一日通しで観る人もかなりいたようで、小耳にはさんだところによると、地方から来た方々の多くは一日で鑑賞していくようだった。それくらい、完全通し上演はかなり珍しいのだ。
今月中に、文楽の後半と歌舞伎の第3部を観に行くのだが、これほどの「忠臣蔵」浸けは私にとって最初で最後だろう。完全通しということで普段はめったに上演されない場面もあって、大変興味深い。残りが楽しみだ。